日本のプロ野球はメジャーリーグから新しい技術や価値観を伝えられ、さまざまな影響を受けて発展してきた。 そのなかのひとつで、今年とくに注目度を高めたのが「フレーミング」だ。ストライクかボールか、際どいコースを「ストライク」と判定してもらうた…
日本のプロ野球はメジャーリーグから新しい技術や価値観を伝えられ、さまざまな影響を受けて発展してきた。
そのなかのひとつで、今年とくに注目度を高めたのが「フレーミング」だ。ストライクかボールか、際どいコースを「ストライク」と判定してもらうためのキャッチャーの捕球技術とされる。
6度のゴールデングラブ賞に輝いた谷繁元信氏
この言葉が議論を呼んだのは、今年2月、春季キャンプで楽天に復帰した田中将大が捕手の太田光に「ミットの音よりフレーミング技術の向上」を求めたことだった。
「誤解がないように言うと、フレーミングは『しっかり流れずに捕ってくださいね』という表現だと思うんです。田中もそういうつもりで言ったんじゃないかな。そもそもフレーミングって、ズルするようなものではないと思います」
そう話したのは、田中の元チームメイトで、メジャーリーグで通算7年間プレーした斎藤隆氏だ。
フレーミングには明確な定義がなく、「ミットを動かすのはズルか?」などと日米でさまざまな意見が交わされている。以下は、メジャーリーグ公式サイトによる定義だ。
「キャッチャーのフレーミングとは、ボーダーラインのボールをストライクにしたり、下手なフレーミングでストライクをボールにさせないようにしたり、球審がストライクと判定する可能性を高くするような捕球技術のこと」
公認野球規則(Official Baseball Rules)を見ると、ストライクゾーンは明確に定められている。
「打者の肩の上部とユニホームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、ひざ頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間をいう。このストライクゾーンは打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである」
ストライクゾーンは打者や構えによっても変わるが、"枠"の中に入ったかを球審が判定する。
引用したメジャーリーグ公式サイトの説明には「ボーダーライン」という表現があったように、日本のテレビ中継でも「ストライクとボール、どっちでもいいくらい際どい」という解説者の見解を聞くことも少なくない。
では、捕手の立場からすると、「どっちでもいい」という球は存在するのだろうか。
「どっちでもいい、はないですね。ストライクはストライク、ボールはボール。僕はそういうタイプです」
通算27年間の捕手生活で6度のゴールデングラブ賞に輝き、キャッチング技術に定評のあった谷繁元信氏はそう話す。ルール上、"枠"は定められているという考えだ。
「内心、たとえば球の4分の1がストライゾーンにカスって『ボール』と言われた時は、『おいおい、ストライクと言ってくれよ』と思います。でも、これはお互い様と言うか。日本でも捕球後にミットを動かすキャッチャーは多くいます。
なぜ動かすかと言うと、ボール球を『ストライク』と言ってほしいから。動かした瞬間、『ボール』なんです。昔は僕も時々、動かすことをしていましたけど、基本はボールが来たところで止めて捕る。ストライクなのにボールと言われないキャッチングを心がけていました」
ストライク、ボールのゾーンは初めから決まっている以上、捕手の力で「ボールをストライクにする」ことはできない。逆に、「ストライクをボールと言われないようにする」捕球法を谷繁氏は追求した。キャッチング技術の向上だ。
「低めでもミットをちゃんと止めればギリギリでストライクなのに、ちょっとだけミットが下がると球審にはボールが落ちたように見える。だから、『ボール』と判定されるかもしれない。
それはキャッチングの問題なので、技術を高めるしかありません。捕球練習を繰り返して、自分がどこをどう意識して捕るのが一番いいかを考える。数を捕りながら、いろいろ試行錯誤するということです」
アメリカ自治領プエルトリコは、ヤディアー・モリーナ(セントルイス・カージナルス)やイバン・ロドリゲス(元テキサス・レンジャーズ)らを生み出した"捕手大国"として知られる。ビクター・カラティーニ(サンディエゴ・パドレス)やクリスチャン・バスケス(ボストン・レッドソックス)の卒業校『プエルトリコ・ベースボール・アカデミー・アンド・ハイスクール』を筆者が訪れると、キャッチャーが捕球する際には「ひじから先をワイパーのように使いなさい」とベテランコーチに教えられた。
一方、谷繁氏によると、日本では「(ひじから先を)円を描くように使いなさい」と指導されることが多いという。同氏は「それは必要なこと」としたうえで、独自の捕球法を説明した。
「ひじから動かすと、どうしても先が球威に負けます。だから、なるべく大きいところ(肩)に意識を置きながら動かすように使っていました」
谷繁氏は地道に捕球技術を磨く一方、球審と"信頼関係"を築くことも大事だと言う。
たとえば、ミットを故意に動かすと、相手を"だます"行為に映りかねない。試合は自チーム、対戦相手、審判がいて初めて成り立つというスポーツマンシップの観点も、谷繁氏は意識していたという。
「ある程度、年齢を重ねてからは、球審といい関係を作るために必要と考えて、ミットを動かさないようにしていました。球審とケンカしても、得にならないので。ここという勝負どころで、ミスジャッジされたくないという気持ちもありました」
たとえば試合序盤にボール1個分外れた球を球審が「ストライク」と判定した際、谷繁氏はラッキーと感じる反面、"ミス"を指摘していたという。終盤の勝負どころで突如同じコースを「ボール」とされた場合、試合の行方に影響を及ぼしかねないからだ。
「今のはちょっと行き過ぎですよ」
捕手が後ろを振り返って話しかけるわけにはいかず、谷繁氏は前を向いたまま球審に身体を少し寄せて、そう指摘した。直後、背中をトントンと叩かれ、「わかったよ」という合図をもらったこともあったという。
これぞ、プロフェッショナルの世界だ。スポーツマンシップに則り、大事な場面で勝利の女神に突然そっぽを向かれないようにも備えている。
捕手としての技術と美学を大切にしたうえで、谷繁氏はフレーミングをこう定義する。
「フレーミングは、ストライクをボールと言われないためのキャッチングだと僕は思います。ボールをストライクと言ってもらうキャッチングではない」
では、そうした意味のフレーミングに優れた現役捕手は誰か。そう聞くと、谷繁氏はニヤリと笑みを浮かべた。
「最近、YouTubeに僕や古田(敦也)さんのキャッチングがけっこう出ているじゃないですか。たぶんみんな、見ていると思うんですよ。だから、ミットを止めるキャッチャーがめちゃくちゃ増えました。
梅野(隆太郎/阪神)にしてもだいぶ動かさなくなった。パッて捕って、球審に見えるように止めている。木下(拓哉/中日)も大城(卓三/巨人)も、そういうキャッチングをしている時もある。みんな、キャッチングがうまく見えるんですよ。僕が勝手に思っているだけかもしれないけど(笑)」
海の向こうから伝えられたフレーミングに、日本の捕手たちが興味を持ち、温故知新で技術の向上が起きている。それは決して真新しいものではなく、日本でも古くから実践されてきたものだ。新たなラベルを貼られたことで、あらためてその価値が見直されている。
今年注目を集めているフレーミングという技術には、野球の奥深さや醍醐味が凝縮されていると言えるかもしれない。