カスピ海を望む風光明媚なバクーの市街地サーキットで行なわれたアゼルバイジャンGPは、46周目までは極めて退屈なレースだった。 予選は赤旗の影響により、レッドブル・ホンダ勢は本来の速さを発揮しきれなかった。だが決勝では、前走車たちが早々にソ…

 カスピ海を望む風光明媚なバクーの市街地サーキットで行なわれたアゼルバイジャンGPは、46周目までは極めて退屈なレースだった。

 予選は赤旗の影響により、レッドブル・ホンダ勢は本来の速さを発揮しきれなかった。だが決勝では、前走車たちが早々にソフトタイヤの性能を落としてピットインしたところで実力どおりの快走を見せ、その速さで"オーバーカット"に成功。14周目にはマックス・フェルスタッペンとセルジオ・ペレスが1位・2位体制を築き上げてしまった。



今季初優勝に喜ぶレッドブルのセルジオ・ペレス

 ペレスは巧みなドライビングで3位ルイス・ハミルトンを抑え込み、首位フェルスタッペンはタイヤと燃費をいたわりながら悠々とレースをコントロールする。この淡々としたレースが51周目まで続いてレッドブル・ホンダ勢のワンツーフィニッシュとなり、予選でつまずいたものの結局が速いものが勝つ、と言わんばかりの楽勝を飾るはずだった。

"退屈なレース"というのは、最高の褒め言葉だ。しかし46周目の終わりに、事件は突然起きた。

 首位を独走していたフェルスタッペンの左リアタイヤが突如壊れ、約300km/hの速度でクラッシュ。完璧なレース運営で掴んだも同然だった勝利が、あっという間に消えてなくなってしまった。

「あの瞬間までクルマは驚くほど速かったし、すばらしい1日だった。僕は後ろのマシンのペースを見ながら、十分なギャップをコントロールして走るだけでよかった。楽勝の展開だったのに......。もちろん、フィニッシュするまでは何の保証もないのがこのスポーツだけどね」(フェルスタッペン)

 ランス・ストロール(アストンマーティン)が30周目に同じようなトラブルに見舞われていただけに、タイヤの耐久性に不備が生じたのかとも思われた。

 ハミルトンの左リアタイヤにもデブリ(破片)によるカットが約6〜7cmにわたって入っていた。ハミルトンは表面のゴムが傷ついただけで事なきを得たが、ストロールとフェルスタッペンはデブリなど何らかの外的要因によってショルダー部分(タイヤの接地面と側面をつなぐ角の部分)にカットが入り、構造が破壊されたものと考えられている。

 事前のデータでは十分にレースを走り切るだけの耐久性があり、同じハードタイヤでフェルスタッペン以上に長く周回を重ね、41周を走っているドライバーもいる。首位を走って最もタイヤをいたわることができたフェルスタッペンのタイヤが34周で壊れるというのは、構造上の問題とは考えにくいというのがピレリの初期分析結果だ。

 ただ、何が原因であろうと、高速走行時のタイヤトラブルは絶対に起きてはならないことだ。

 ピレリは研究室での詳細な分析によって原因をしっかりと究明し、その原因がタイヤにあるのならタイヤの改良を、過度な磨耗などチーム側のタイヤ運用に問題があるならそれを防ぐ手立てを、そしてデブリなど外的要因にあるならそれを防ぐコース運営対策をFIAが打ち出さなければならない。

 重要なのはそこであって、原因が明らかでない現段階で誰かを責め立てるべきではない。このような事故が起きてほしくないと願っているのは、誰もが同じなのだから。

 いずれにしても、フェルスタッペンが失った勝利は帰ってこない。レースは残り2周で再開となり、代わってペレスがポールポジションからわずか2周の超スプリントレースに挑むことになった。

 しかし、ペレスのマシンはレース中盤からハイドローリック系の油圧低下が起きており、最後まで走り切れるかどうかはかなり際どいところだった。そのため、レース再開に向けたエンジン始動も可能なかぎり遅らせ、パワーステアリングのアシストも最小限にすべく、マシンを左右に振ってタイヤを温めるウィービングも行なわずにスターティンググリッドにつかなければならなかった。

「チェコ(ペレスの愛称)はレース中盤からハイドロ圧を失ってきていて、とくにリスタートでは症状が悪化する懸念があった。最後まで走り切れるかどうかギリギリの状態だったんだ。だからパワーユニットを起動するのもギリギリまで遅くして、できるだけ圧力をかけないようにマシンを運用しなければならなかった」(レッドブル代表クリスチャン・ホーナー)

 発進加速でハミルトンが並びかけ、首位を奪われたかに思われた。しかし、ハミルトンはステアリング裏のボタン誤操作でブレーキバランスを変えてしまい、ターン1のブレーキングで激しくロック。これでなんと、ハミルトンは2位から最後尾へと落ちた。

 結果、ペレスはマシンに不安を抱えて圧倒的に不利な状況から、まさかの今季初優勝を掴み取ることになった。

「スイートな気分だよ。僕にこのチャンスをくれたチームのみんなに感謝している。シーズン序盤は願ったとおりのスタートにならなかったけど、チームへの適応は思った以上に難しかったんだ。それでも僕らは本当にこのうえなく懸命に努力し、ついにこうしてすばらしい結果を手にすることができた」

 優勝という結果自体は、フェルスタッペンに起きた不運によるものだ。しかし、ペレスがRB16Bの特性を掴み、決勝のみならず予選でも速さを完成させつつあることも、また事実だ。

「今週末の彼はずっと速くて、唯一のミスはQ3の1回目のアタックランだけ。今日のレースペースも非常にすばらしかった。もう少し第1スティントを伸ばしていれば、マックス(フェルスタッペン)をオーバーカットして前に立っていてもおかしくないほどだった。

 クリーンエアでのペースはそのくらい速く、その後はルイスを抑えながらコントロールしてすばらしい走りを見せた。今日の勝利は、彼の自信をさらに深めてくれるだろう。我々の予想を上回る速さで順応してきているよ」(ホーナー代表)

 ペレスは2位を堅守してハミルトンに対する壁となり、メルセデスAMGに戦略の選択肢を与えなかった。レッドブルはついに2台体制で優勝争いの戦略バトルをする環境を手に入れたのだ。その意味で、ペレスの躍進は極めて大きな意味を持つ。

 メルセデスAMG勢の自滅もあって、フェルスタッペンはドライバーズ選手権首位の座を守り、レッドブルはコンストラクターズ選手権のリードを26点に広げ、夏のヨーロッパ高速連戦に戻ることになる。

「通常のサーキットに戻れば、メルセデスAMGがものすごく強力なのはわかっている。ここでギャップを広げておけなかったことは残念だけど、ルイスがターン1を真っ直ぐ行ってくれたので、チャンピオンシップのリードを守ることができてラッキーだった」

 勝利を逃したフェルスタッペンは悔しさを爆発させながらも、すでに次のレースに目を向けている。そして、選手権争いというものをはっきりと意識している。

 ホンダとしても、2.2kmという長い全開区間でMGU-H(※)からのエネルギー回生が十分に効き、メルセデスAMGと同等以上の走りとバトルを繰り広げられたことは大きな自信になった。それが今季型RA621Hの新骨格ICEと合わせて投入されたもうひとつの目玉、新型MGU-Hの効果そのものだからだ。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

「長いストレートは厳しくなるし、回生を取れるかどうかの合わせ技になるんですが、今年我々はICEのみならず、そのあたりの弱点を克服してパフォーマンス向上を果たしてきたところです」(ホンダF1田辺豊治テクニカルディレクター)



自己最高位7位でフィニッシュした角田裕毅

 レッドブルが余裕でワンツーフィニッシュできそうだったほどの速さを見せ、アルファタウリ勢も好調でピエール・ガスリーが3位表彰台を獲得。角田裕毅も自身初のQ3進出を果たし、決勝では7位で自己最高位の入賞を果たした。

 角田はレース序盤でフェルナンド・アロンソ(アルピーヌ)をオーバーカットしたものの、セバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)とは必死に争った末にオーバーカットを許した。そのベッテルが2位でフィニッシュしているのだから、角田にもわずかな違いで上位フィニッシュの可能性があったことになる。

 レース中盤ではランド・ノリス(マクラーレン)の猛攻をしのぎ、前のシャルル・ルクレール(フェラーリ)を追いかけた。最後の2周スプリントレースでグリップ感が得られずにポジションを2つ落としたものの、レース全体としてはマシン本来の位置からスタートし、同等レベルの競争相手と真っ向勝負を繰り広げたという意味で、角田はF1デビュー6戦目にして初めてレースらしいレースをしたことになる。

 そこで角田は、対等に渡り合う走りを見せた。だが、最後の最後にリザルトを大きく左右するレースのキモとなる部分で、先輩たちは二枚も三枚も上手だった。

 レース直後の角田は最後の2周の不甲斐なさに怒り心頭だったが、今回のレースはこれまでの5戦とは比べものにならないほど濃厚で、レベルの高い場所での戦いだった。だからこそ冷静に見返してみれば、得られるものは多々見えてくるはずだ。

 レッドブル・ホンダも角田裕毅も、さらに一歩成長した速さと強さで、いよいよ本格化する2021年シーズンの争いへと飛び込んで行けそうだ。