失意のモナコGPのあと、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は一度も英国ミルトンキーンズの自宅に戻ることはなかった。 木曜フリー走行のクラッシュを重く見たレッドブルとアルファタウリの首脳陣は、角田をイタリアに住まわせ、フランツ・トスト代表の…

 失意のモナコGPのあと、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)は一度も英国ミルトンキーンズの自宅に戻ることはなかった。

 木曜フリー走行のクラッシュを重く見たレッドブルとアルファタウリの首脳陣は、角田をイタリアに住まわせ、フランツ・トスト代表の管理下に置くことを決めた。そして、モナコから直接イタリアへのフライトに乗せたのだ。



角田裕毅はアゼルバイジャンのコースも初めて

「モナコのFP2でクラッシュし、それにはレッドブル(ヘルムート・マルコ)もかなり不満を持っていました。それと同時にここ3、4戦はあまりうまくいってなかったため、何か大きな変化があったほうがいいだろうという話がレッドブルとアルファタウリの間でもあり、もっとファクトリーに行ってエンジニアとクルマについて話し合うためにイタリアへの引っ越しが決定されました」

 プッシュしなくてもいいところでプッシュし、ミスを犯して多くを失った。イモラの予選Q1に続いて、モナコのFP2もそうだった。

 問題は、角田のドライビング技術でもなければ、天性の速さの有無でもない。レース週末全体に対するアプローチの問題だ。コクピットでステアリングを握っている時の精神面が不安定で、今自分が何をなすべきか、という正しい判断への理解が足りていない。

「チームとともにもっと多くの時間を過ごすことができるのはいいことですし、食べ物も天気もよいので、僕はイタリアのほうが好きです。僕自身がシーズン開幕当初からお願いしていたことでもあったので。僕にとってはすべてがポジティブ。これがパフォーマンス向上につながればと思います」

 強がりもあってか、角田はそう説明した。だが、あまりにも突然の移動命令が示すとおり、イタリアへの引っ越しは角田の希望を聞き入れてというより、このままでは改善どころかキャリアが台無しになりかねないという首脳陣の危機感の表われだろう。

 アルファタウリのフランツ・トスト代表は午前9時から2時間、ジムでのトレーニングセッションを角田に課した。さらに昼間はチームのエンジニアたちとの技術ミーティングや英語の勉強を行ない、そして午後4時半からは再びジムセッションとなる。

 ともに過ごす時間を増やすことで、お互いの理解を深め、焦る気持ちを落ち着かせるためだ。結果、クルマに関する技術面への理解も深まり、自分がやるべきことを理解したり新たなアプローチを発見することもできる。

 そもそもミルトンキーンズに住んでいたのは、レッドブルのシミュレーターでより多くの時間を過ごすためだった。だが、それを捨ててでも今の角田に必要なのは、チームとのコミュニケーションと、それによるマシンへの技術的理解、そして何より心の平穏だと判断されたわけだ。

 事実、先週はほぼ毎日ファクトリーに通い、担当レースエンジニアのマティア・スピニらとミーティングを重ねてきた。それによって、アゼルバイジャンGPにはこれまでと異なる手法も用意しているという。

「今週末のレースに向けて、これまでと少し違う準備の仕方をしてきました。僕にとってはまったく新しいサーキットですし、これまでのレースとはかなり違うことをやるので、それがうまく機能してくれればと思っています。楽しみです」

 もちろん、クラッシュが許されないのはモナコGPと同じだ。

 厳密に言えば、予選や予選想定のアタックラップで最後に限界を試してクラッシュしてしまうことに対しては、誰も怒りはしないだろう。問題は、たった3時間しかない計3回のフリー走行のなかでマシンとサーキットの限界を把握していき、予選のフルアタックに向けて完璧なドライビングを仕上げられるかどうかだ。

「モナコと同様に初体験の市街地サーキットなので、予選までにクルマとサーキットに対して自信を掴む必要があります。2週間前のモナコGPのようにFP2でウォールにクラッシュしたくはありませんし、そんなことがないように予選に向けて自信をビルドアップしていきたいと思います」

 モナコではFP2の予選想定ランの前にクラッシュしたことで、予選に向けた準備と自信の構築に大きな後れを取った。そして「予選が9割」と言われるモナコで予選を存分に走ることができず、16番グリッドスタートでは決勝でできることも限られていた。

 決勝の走りがよかったとか悪かったではない。予選でピエール・ガスリーが6番手に持っていったAT02本来の実力位置につけられなかったことが最大の問題であり、その原因はFP2の不用意なクラッシュにあった。レース週末全体を見渡せば、角田に与えられた評価はこうだった。

 さらに言えば、それ以前の4戦でも角田は、本来のグリッドからほど遠いところでレースをしてきた。開幕戦バーレーンはQ2落ち、第2戦イモラはQ1でクラッシュ、第3戦ポルティマオは初体験のサーキットに苦戦し、予選14位で3戦連続Q3進出のガスリーに0.4秒差。そして第4戦バルセロナでも苛立ちを抑え切れず、Q1でミスを犯して敗退......。

 角田はまだアルファタウリ本来の位置からスタートしたこともなければ、同等の戦闘力を持ったライバルと決勝の305kmを通して戦ったこともない。最終的な結果が何位かではなく、まずはその同じステージに立たなければ評価も何もない。

 同じステージに立つためには、まずは予選だ。予選でガスリーと同等とまでは言わなくても、彼が戦っているマクラーレンやフェラーリ、レースによってはアルピーヌ勢と戦える位置に追い着く必要がある。

 バクー・シティ・サーキットは、セクター1は90度コーナーが多く、速度域のほとんどが90〜100km/hの幅に収まる。長いストレートが2本あり、ダウンフォースをいかに削るか、そしていかにタイヤとブレーキの温度を保つかが難しい。しかし、モナコほど熟練のテクニックが求められるコースではなく、オーバーテイクも可能だ。

 そんなアゼルバイジャンGPで、角田にはF1で初めて本当のバトルを見せてほしい。それを経験することで角田自身も一歩成長し、次のステップが見えてくるはずだ。

 この次には再びヨーロッパに戻って3週連続開催が待ち受けており、シーズンはあっという間に過ぎていく。間違いなく、このアゼルバイジャンGPは角田裕毅にとって正念場になるはずだ。