「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。フィギュアスケートの中野友加里さんがスペシャリストの一人を務め、自身のキャリア、フィギュアスケート界などの話題を定期連載で発信する。

 今回のテーマは「フィギュアスケートのオフシーズン」後編。冬季スポーツであるフィギュアスケート。しかし、冬に輝くトップ選手たちは春から夏にかけたオフシーズンに何をして、どう過ごしているかは意外と見えてこない。後編では、この時期に選手が出演するアイスショーの意義、夏合宿の狙いについて聞いた。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――前編では、新シーズンのプログラム作りは4月から5月にかけて振付師と練習し、固めていくとお聞きしました。以降も含めたオフシーズンの流れを教えてもらえますか?

「4月末から5月頭にかけて振り付けのために渡米していましたが、音楽が鳴ったら振り付けが自然と出てくる、自分の物にできたと言える段階まで2~3か月くらいかかります。何度も何度も同じパートを練習してプログラムを完成させ、8月には合宿を行い、9月のシーズンに合わせていく形が私の一般的なスタイルでした。その3か月の中にはアイスショーがいくつか行われているので、アイスショーで新しいプログラムを披露し、人に見せながら慣らしていく作業をやっていきました」

――スケーターのオフの特徴的な活動にアイスショーの出演がありますね。例えば、出演料をもらうことは競技活動の上で大事な要素だと思いますが、スケーターとしてはどんなメリットがあるのでしょうか?

「人に見せること、見てもらうこと、それを評価いただくことかなと思います。9月にシーズンインを迎え、いきなり新しいプログラムを披露するのはプレッシャーがあり、緊張するもの。私はどこかで実際の衣装で滑ってお見せして……というところからスタートしたいので、場数を踏んで大会に繋げるためにアイスショーに出ていました」

――話を聞いていると、オフシーズンの忙しさがうかがえますが、練習のサイクルは変わらないのですか?

「週1の休みは変わりませんが、私はシーズン中より練習量を多くした方が、シーズンに入った時に力が発揮できると思っていました。シーズン中は疲れをできるだけ蓄積しないように練習量をそれほど増やさない。その代わり、オフシーズンの間に作ってきた新しい振り付けはもちろん、陸トレも積んでおかないとシーズン中に良い演技がお見せできず、体力が持たなくなる。シーズンオフはもちろん休むことも大事ですが、練習量をしっかりと積んでおかないとシーズン中にピークが持ってこられないなと、いろんなシーズンを経験して感じました」

休みが少ない日本人選手、海外振付師は驚き「あなた、休まないの?」

――氷の上のスポーツであるフィギュアスケートの「陸トレ」はなかなか見えにくい部分ですね。具体的にどんなことをしているのですか?

「私の場合はいろんなことをやったのですが、新横浜を拠点に練習していたので、近くに日産スタジアムがあり、1周1キロを選手みんなでランニングしたり、坂道をダッシュしたり、あとはトランポリンに挑戦して跳ぶ感覚を養ったり。スケートは左回転はしやすいですが、右回転は苦手。なので、両利きになって体のバランスを取れるようになるためにボール投げをしたり、いろんなことをしていました。トレーナーさんもついて、スケートで強化しなければいけない腹筋や体幹は週3日くらいトレーニングしていました」

――前編では世界選手権から帰国2日後には練習を始めていると聞きました。スケーターはオフシーズンも本当に休みがないんですね。

「そうですね。ただ、海外の選手は『バカンスに行ってくる』と言って、1~2週間空けて釣りをしたり、バーベキューしたりという方もいましたし、日本の中でも休む選手はいると思うので、人それぞれかなと思います。だから、海外の振付師の先生に『あなた、休まないの?』と驚かれましたね。『日本の選手はみんなすごい練習するんだね』と」

――中野さんの感覚からすると1週間のバカンスは信じられなかったのではないですか?

「ホント、その通りです! 1週間も靴を履かないなんて怖くてしょうがなかったです(笑)」

――24歳まで長いキャリアを積みましたが、その中でうまくいったオフ、うまくいかなかったオフはありますか?

「後者が21歳で迎えた2006-07年のシーズンです。その前のシーズンがすごく上り調子だったので、たくさんのアイスショーからオファーをいただきました。アイスショーは自分から出たいと言って出られるものでもなく、依頼が来るのはうれしいし、名誉なこと。なので、すべてのオファーを受けて次から次へと出てしまいましたが、ショーも練習ではないので、それなりに疲労があって回復まで時間がかかるんです。

 その年は8月までショーに出ていたため、翌月のシーズンインに練習量が間に合わなくなってしまいました。グランプリ(GP)シリーズは2試合とも満足いく結果を残せず(2、3位)。本当はシーズン中にあまり練習量を増やしてはいけないのですが、なんとか体力でカバーして練習量を増やし、世界選手権につなげることはできました。私の中で勉強になったシーズンです」

――次の年はアイスショーの出演を極力抑えたそうですね。

「うまく調整できたオフでした。オフシーズンは陸トレと氷上練習を増やして、なるべく良い練習をしようと意識したおかげでうまくいき、良い状態でシーズンを迎えられました。不安を残したままシーズンインしてしまうと、やはりそれは大会に出てしまうもの。アイスショーで得られる経験も大切ですが、不安を残さず、やり切ったと言えるところまで練習を積むことで自信がつくのではないかと経験上、思いました」

オフシーズンの締めくくりに行われる夏合宿「8月は一番きつい」

――今年はコロナ禍でアイスショーの開催も減っている印象ですが、例えば、昨シーズンの鍵山優真選手のように一気にブレークする選手が出てくると、オフシーズンの環境や過ごし方も変わってくるわけですね。

「そうですね。アイスショーについては『出て欲しい』とお願いされることは選手にとってすごくうれしく、光栄なこと。アイスショー自体が貴重な経験でもあり、人前で見せるのは喜ばしいことなので、やっぱり選手は出られるものなら出たいと思うものです。過去、振り返ってみても同じシチュエーションに立ったとしても、私も出たいと思います。できるだけ断りたくないです」

――8月になると合宿をされる選手も多いですよね。中野さんはどんな合宿を経験しましたか?

「吐きそうな練習をしていました(笑)。夜になると足が上がらないんじゃないかという練習をして……8月はやっぱり一番きついですね。具体的に言うと、朝6時から練習スタート。午前に45分の練習と休憩を3コマくらい繰り返すのですが、それがすごくきつい。時間は短くても練習する内容は濃いのでとても集中できます。それで午後からは陸トレやバレエの練習をやって夜7時まで。そんな生活が2~3週間続きます。場所も青森だったり、標高が高い野辺山(長野)だったり、場所を変えることもありました」

――シーズン直前にあたるタイミングです。合宿の狙いはどんなところにあるのでしょうか?

「一番は体力をつけることです。翌月の本番に備えてプログラムを何度も何度も繰り返しやって、最後まで滑りきるスタミナをつけます。技術的には8月になると完成間近になってきます。なので、癖の矯正など、チャレンジしていることがあったとしても、それ以上はあまり詰め込まない方がいい時期。そのあとに怪我をしてしまっても、9月のシーズンに間に合わなくなってしまいます」

――来年は北京五輪があり、例年以上に注目されるシーズンです。選手はまだ通常通りの練習を送ることも難しい状況ですが、このオフシーズンをどう過ごしてほしいと思いますか?

「楽しみを一つ見つけて、オンとオフの切り替えを大切にしてほしいです。私自身はもうちょっと楽しみながらやれば良かったと思うので。リンクに乗ったらスイッチを入れてしっかりと集中して練習をする。もちろん、その後の陸トレもです。ただ、スケート靴を脱いで、好きな時間になったら楽しくリラックスして過ごすことが大事です。

 当たり前のことなんですが、それが私にはできず、いつも緊張した状態で『もうシーズンだ……』と思っていたので、もっと気楽に考えて楽しいことを見つけてほしいです。コロナ禍の状況なので外に遊びに行くのは難しいかもしれないですが、うまく切り替えができれば、良い五輪シーズンを迎えることができるのかなと。私が経験上、やっておけば良かったと思うことです」

(後編終わり)

■中野友加里/THE ANSWERスペシャリスト

 1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。現役時代は女子選手として史上3人目の3回転アクセル成功。スピンを得意として国際的に高い評価を受け「世界一のドーナツスピン」とも言われた。05年NHK杯優勝、GPファイナル3位、08年世界選手権4位。全日本選手権は表彰台を3度経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして数々の競技を取材し、19年3月に退社。現在は講演活動を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。自身のYouTubeチャンネル「フィギュアスケーター中野友加里チャンネル」を開設し、人気を集めている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)