「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。フィギュアスケートの中野友加里さんがスペシャリストの一人を務め、自身のキャリア、フィギュアスケート界などの話題を定期連載で発信する。

 今回のテーマは「フィギュアスケートのオフシーズン」前編。冬季スポーツであるフィギュアスケート。しかし、冬に輝くトップ選手たちは春から夏にかけたオフシーズンに何をして、どう過ごしているかは意外と見えてこない。前編では、オフシーズンで最も大切な「新シーズンのプログラム作り」について聞いた。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――2020-21年シーズンはコロナ禍に見舞われながら、世界選手権と世界国別対抗で無事にシーズンが終了しました。選手は難しい調整を強いられたと思いますが、どうご覧になりましたか?

「その前の(2019-20年)シーズンでラストの世界選手権が中止になり、選手たちはモチベーションも不安定なまま、シーズンを迎えたと思います。本来であれば、10月からのグランプリ(GP)シリーズ2試合、うまくいけばGPファイナル。また、12月の全日本選手権に向けた選考と本大会が行われ、選ばれた選手は4大陸選手権、世界選手権というスケジュールが一般的でした。

 ただ、シーズンインの段階で、どの大会が行われ、中止になるのかが不透明でした。集中を保つことは難しかったと思います。しかし、実際には多くの大会が行われました。選手は競技会の場で披露することに重点を置いて、そのために練習を日々積んでいるので、そういう場を設けてもらい、演技を見せられることだけでも喜びを感じられたシーズンではないでしょうか」

――選手は戦いを終えてオフシーズンに入りました。今回のテーマでもありますが、フィギュアスケート選手は春から夏をどう過ごすのでしょうか?

「おおまかにいえば、新シーズンのプログラム作り、アイスショー出演、夏合宿と続いて行きますね」

――まず、大きな作業が最初に挙がった新シーズンのプログラム作りですね。

「私の場合、オフシーズンに入った4月にもう新しい振り付けのために渡米し、振付師の先生の下、次のシーズンで使う新しいショートプログラム(SP)、フリープログラム、うまくいけばアイスショーで使うエキシビションナンバーも作ってもらうスケジュールでした」

――「オフ」シーズンというくらいなので、アスリートは通常「オフ」を取るものだと思うのですが、1~2週間くらいはスケートから離れるということはなかったのですか?

「なかったです。休んでも2日くらいかな。クラシックバレエも同じだと思いますが、長くスケート靴を脱いで離れてしまうと、もう一度滑り出した時、感覚を取り戻すまでに倍の時間はかかってしまいます。そして、その時間は年を取るにつれてもっと増えます。そういう不安もあり、私は世界選手権を終えて帰国した2日後には氷に乗って新シーズンに向けたトレーニングを始めていました」

思い出深い2007-08年、使いたかった「キル・ビル」の曲を振付師に持っていくと…

――たった2日しか休まないというのは驚きです。では、実際にプログラムはどんな過程で作られていくのでしょうか?

「まずは何の曲にするか、から始まります。だいたいは選手が振付師の先生と相談して決める形になると思います。私の場合は2月の4大陸選手権、3月の世界選手権などで普段は米国にいるマリーナ・ズエワさんに会うことができたので、その際にお話をします。翌シーズンに何を滑ろうか、どういう曲にしようか、と。まだ大会は終わっていない段階ですが、翌シーズンのプログラムのビジョンを決めていました。

 気をつけることは、振付師の先生と選手の気持ちが合わないと良い物はできないということ。もし合わない場合、先生が途中で作る気をなくすかもしれないし、逆に選手がその曲に気乗りしないまま臨んでしまうと、シーズン途中でプログラムを変更することもあります。振付師の先生と選手がよく話し合って、使いたい曲や目指したいジャンルを決めてから、振り付けに入った方がスムーズに行くと私は思います」

――実はこの4~5月にどう第一歩を踏み出すか、1年間を考えるとすごく大事ということですね。

「そうなんです。さらに先生と相談して曲を絞って『じゃあ、このCDにしましょう』と決まるのですが、運良く(SPとフリーの規定時間)2分40秒や4分になっていないので、どの部分を使うかを考えて編集し、振り付けを作っていきます。でも、これは私とマリーナさんの場合です。安藤美姫さんに聞いたのですが、彼女の振り付けを行ったニコライ・モロゾフさんは曲をすべて聞いて『ここを使おう』『ここも使おう』と振り付けをしながら編集していく仕組み。ニコライさんのように感性で動く方もいます。なので、スタイルは先生によっても異なってきます」

――中野さんは現役時代、プログラムを作る上で思い出深かったものはありますか?

「2007-08年シーズンですね。私が使いたいと思った映画『キル・ビル』の曲をマリーナさんに持って行くと、怪訝そうな顔で『この曲はあなたに合ってない』と言われました。『私は強い女を演じたい』と話し合って作り始めたのですが、3日経ったところで『やっぱり気乗りしないから作りたくない、この曲はやめないか』と言われ……。

 もうほぼ完成間近、渡米して5日くらいで残りの滞在日数も迫っていたので、すごく焦りました。振付師の先生が気乗りしない以上は良い物ができ上がらないので、また作り変えましたが、結局は滞在期間中に完成できず。本来、振り付けは年1度しか渡米しないのですが、その年は翌月にもう一度渡米し、ブラッシュアップしました」

――普通はだいたいどれくらいの期間でプログラムができ上がるのでしょう?

「選手によって変わりますが、私は覚えるのが早い方で、短期間で作り上げて帰りたかったので、5日から6日で2曲、あるいは3曲を作って日本に持って帰りました。ここまで短期間で作る選手はあまりいなかったと思います。その後に練習してうまくいかない部分や、もうちょっと変えたいと思った部分は日本にいる佐藤久美子先生に相談して直してもらいました。たぶん、本来はもっと時間をかけてしっかりと仕上げていくと思いますが、私はわがままを言って短い期間で作ってもらっていました(笑)」

芸術家気質の多い振付師、「今日は作りたくない」で延びることも…

――普通は2、3週間かかる選手も珍しくないのでしょうか?

「そうですね。振付師の先生は芸術家気質の方が多く、『今日は作りたくない、翌日にしよう』『明日ならもっと良いイメージが湧くかもしれない』ということもあります。だから、そんなに短時間で制作を受けてくれる人は少ないと思います。あと、聞いたところによると、このコロナ禍でオンラインの振り付けが増えているそうです。

 トップ選手なら、普通は米国、カナダかヨーロッパに渡って振り付けをしてもらい、それを持ち帰って日本で磨いていくことが一般的です。でも、この状況で海外渡航ができず、振付師の先生に会えない方は昨シーズンもオンラインで振り付けをして大会に臨んでいました。そういうやり方もあるのか、新しい時代が来たなと感じました」

――オンラインでやりとりしながら、振り付けというと想像するだけで難しそうです。

「振り付け自体はできるとは思います。ただ、私はやっぱり自分の目でどういう形で動いているのか、360度見ながら雰囲気を自分の目で確かめたい。できれば目の前で見たものを自分のものにして、一緒に作り上げていきたいとは思います。でも、自分が今そういう状況になってしまったら同じようにオンラインでお願いしていたかもしれないと思います」

――振付師はシーズンで変わることがありますね。そもそも、どんなアプローチで選手から依頼をするのでしょうか?

「私の場合、初めて海外でお願いした振付師の先生は有名なデビッド・ウィルソンさんです。伊藤みどりさんの振り付けを担当していたので、私が伊藤さんと同じ山田満知子先生に習っていたこともあり、山田先生に紹介いただきました。マリーナ・ズエワさんは佐藤有香さんが同じデトロイトでスケートコーチをされていたので、有香さんからご紹介いただきました。縁もゆかりなく、いきなり見てくださいと言って了承がもらえるものではないので、どなたかからの紹介のケースが多いと思います」

(30日掲載の後編へ続く)

■中野友加里/THE ANSWERスペシャリスト

 1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。現役時代は女子選手として史上3人目の3回転アクセル成功。スピンを得意として国際的に高い評価を受け「世界一のドーナツスピン」とも言われた。05年NHK杯優勝、GPファイナル3位、08年世界選手権4位。全日本選手権は表彰台を3度経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして数々の競技を取材し、19年3月に退社。現在は講演活動を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。自身のYouTubeチャンネル「フィギュアスケーター中野友加里チャンネル」を開設し、人気を集めている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)