4月4日、パロマ瑞穂北陸上競技場で行われた競技会で400mハードルに出場する真野悠太郎選手の姿があった。真野選手は、2014年のインターハイでは400mハードルで3位の成績を収めた。準決勝は全体トップの記録で通過している。さらに2019年の…
4月4日、パロマ瑞穂北陸上競技場で行われた競技会で400mハードルに出場する真野悠太郎選手の姿があった。
真野選手は、2014年のインターハイでは400mハードルで3位の成績を収めた。準決勝は全体トップの記録で通過している。さらに2019年の日本学生個人選手権では優勝し、初の全国タイトルを獲得した実力の持ち主だ。
今は真野選手をサポートする目的で作られた陸上競技クラブ『名古屋ストライターズTC』に所属、東京オリンピック出場を目指している。
ただ、真野選手には、もう1つ選んだ道があった。それは『医師』としての道だ。
真野選手は、2021年春に名古屋大学医学部を卒業。医師国家試験に合格しており、この春から研修医として勤務予定だった。
しかし、オリンピック出場を目標に掲げると同時に研修医としての道を一年先延ばしすることを決めた。
一年間、陸上競技に専念するという道を選んだ真野選手の覚悟やオリンピックを通して描くこれからの夢について取材させてもらった。
医学の道を一時休止してまでも、オリンピック出場への道を進む覚悟とは。
学生時代も陸上と勉強を両立し「文武両道に秀でている。」と褒められる事が多かった。
勉強と陸上の両方を高いレベルでこなしていくことは、誰が見ても大変なことに間違いない。
さらに今年はオリンピック出場という大きな目標を持っていた。
しかし、研修医としての勤務をこなしながらオリンピック出場を目指せるほど、どちらの道も簡単ではないと考えたという。
そこで、今年一年間、研修医として現場に出ることを先延ばしすることを選んだ。その決断までの過程を真野選手は次のように語ってくれた。
「決断するまでには実際に研修医をしながら陸上を続けている先輩や医学部の同級生、知り合いの医師の方に相談してアドバイスをもらいました。たくさん悩み、葛藤してきました。医師免許を取得してから一年間、医療の現場に触れていない人間を雇ってくれる病院があるのかという不安もありました。しかし、散々悩んだ末、『ここまで悩むのならどちらを選んでも間違いない』とオリンピック代表を目指す道を選びました」
そして現在の気持ちを次のように語ってくれた。
「決断してからは多少の不安はあるものの、ワクワクしている自分がいます。
大学進学時は迷うことなく医師になるための最短ルートを選び、歩んできました。今回初めて医師への道の歩みを止めることになります。しかし、なんとなくですが、この決断が私の人生をより豊かにするきっかけになるのではないかと感じています」
脚の故障を抱えて挑んだインターハイ
真野選手はこれまでにも困難な道を通ってきている。
多くの選手が集大成として臨むインターハイでは3位の成績を残している。
しかし、インターハイでは脚を故障した影響もありコンディションは最悪。
左脚を故障してしまい、歩くのもままならないほどの痛みで、インターハイ前の約2週間、練習も出来なかった。
そんなコンディションの中、400mハードル当日を迎えた。
真野選手自身、「勝てるわけない」と少し弱気になっていた。
そのとき、当時顧問だった滝高校の戸松治彦教諭が声をかけてくれた。
「今日は真野を勝たせるために来た。やれるだけのことはやるぞ」と。
戸松教諭は状況を知ってもなお、全く諦めていなかった。
その言葉を聞いて、真野選手の中でレースへの意識が変わった。
困難な状況でも観察力と計算力で掴んだ全国3位
この時に考えて取った行動を真野選手はこう語ってくれた。
「脚の故障は一つのマイナス要素に過ぎません。むしろハンディキャップを抱えている時の方が慢心せず、自分に集中できることでいい成績に繋がるのでは、と考えました。そしてずっと頭にあったのは、その一瞬、一瞬にできる最善を尽くすということ。例えば、体力をできる限り温存するために体の様子を見ながら必要なウォーミングアップのみに絞る、できるだけ日向に出ないようにする、など。また、ウォーミングアップで本数を走れない代わりに、これまでの練習の感覚を思い出しながら頭の中で最高のレースのイメージトレーニングをしました」
今できる状況で勝利を掴みに行く方法を考えることにより結果に繋がった。
当時より戸松教諭が使っていた言葉である「迷ったら困難な道を選べ」は、真野選手の座右の銘として、人生の決断をする時には指針としている。
絶望的な状況の中でも、勝てる道を考えることは、まさしく困難な道だったはずだ。そんな状況のなかでも、真野選手は全国3位を掴んだ。
大学に入り、世界が広がる。根本的な考えから変わる。
真野選手は高校卒業後、名古屋大学医学部に進学した。
大学でも記録を伸ばし、2018年に日本選手権7位入賞。2019年には日本学生個人選手権優勝を果たし、初の全国タイトルを獲得。日本選手権では6位、2年連続入賞を達成している。
大学に入ってからの目を見張る活躍には、真野選手の練習面や精神面での変化が影響を及ぼしている。真野選手はその変化について語ってくれた。
「練習内容は常に変わり続けていますが、大学に入ってからは先輩や外部の方に教わる機会が格段に増え、競技に関する知識を多く得る事ができています。そこから『良い走りとは何か』という根本的な部分への考え方が大きく変わりました。その結果、練習・トレーニングの目的が変わり、メニューが変わってきました。これまで新たな技術を探し求めていましたが、今はオリンピックに向けて、いつも高いレベルの技術が出せると同時に再現性が大事だと感じています。これまで取り組んできた数々の技術の精度をまとめ上げることに注力しています」
そしてさらにこう続けた。
「精神面でも大きく変化しました。高校時代は『我が道を行く』気持ちが強く、外にアドバイスを積極的には求めていませんでしたが大学に入ると故障が続き、行き詰まってしまいました。そこから徐々に他人を頼れるようになりました。そうすることで見える世界や知見が広がって、今日に繋がっていると思います」
身近な先輩でありライバルでもある小田将矢選手の存在
真野選手の大学時代の成長には当時大学の先輩でもあった小田将矢選手の存在が大きかった。
小田選手は、真野選手と同じく400mハードルが専門の現役選手だ。
小田選手は名古屋大学を卒業後、豊田自動織機でエンジニアとして勤務しながら競技を継続している。
2019年の日本選手権では5位、茨城国体で優勝している。2020年の日本選手権は4位の成績を残しており、2021年の東京オリンピック代表争いではライバルである。
中学1年生の時に知り合い、高校・大学も同じで付き合いは12年になる。
中学時代に真野選手がハードル競技を選んだのも、当時先輩であった小田選手が熱心に教えてくれたからだ。
真野選手のために作られた『名古屋ストライターズTC』とは
真野選手は、現在、愛知県名古屋市を中心に活動する陸上競技のクラブチーム・名古屋ストライダーズTCに所属している。
名古屋ストライターズTCは代表の勝見雅宏氏を中心に、真野選手がオリンピックを目指すために作られたクラブだ。
「真野をオリンピックに出場させたい。そのためのクラブチームを作る」
と勝見代表からが提案あり、現実となったクラブチームだ。ここまで真野選手を応援したくなる魅力は一体どこなのか。勝見代表はこう話してくれた。
「彼は、まったく底が見えないタイプの選手なんですよ。とても良い意味で。こんなに底が見えない選手に出会ったのは初めて。どこまでいけるのかなって楽しみにしていて。そんなところが魅力です」
名古屋ストライターズTCには都康炳選手(みやこ こうへい・同志社大学卒業)も所属している。都選手は2019年茨城国体2位の実績を持つ選手。真野選手と2名を軸に強化していく方針だ。
地域を通じて名古屋ストライターズTCの活動に変化が
クラブを通じて競技のレベルや老若男女に関係なく、もっと広い範囲で「正しく走ること」「スポーツを楽しむこと」に対してサポートを必要としている人がいることに気付いた。
地域に貢献したい。そして「地域から愛されるそんなクラブチームにしていきたい」という考えが、クラブの新しい目標となっている。
「世界と戦った医師」として、今後はスポーツと医療を繋げていく目標を掲げる
医師を志した背景には、同じく医師である父親の姿があった。
そこから、陸上を含めたスポーツ界に携わる医師を目指していく目標ができた。
スポーツ界と医療を繋ぐことへの思いや医師としての未来像を語ってくれた。
「医師としての未来像は、目の前の人にきちんと向き合うことのできる医師になることです。父親の姿勢でもあり、自身が経験した中でこの未来像を持っています。加えて、スポーツの中で経験したものを活かしていきたいと考えています。医師は様々な事情で、選手の要望に沿えない場面があります。しかしそれは選手からすると医師は競技に対する理解が不十分だと見えてしまっている時があります。選手と医師の互いの連携を深めることで、もっと医療がスポーツに貢献できることがあると思います。今は一流スポーツ選手を目指しながら、医師としても一流の医学を学び、2つの領域を極めた先には、自分にしか生み出せない価値があると信じています」
研修医になることを1年先延ばしにした後には、それまでの経験を糧に「世界と戦ったことのある医師」として活動することを目指している。
幾度となく訪れる困難にぶつかっても、道を切り開いてきた真野選手。
強い覚悟を決めて挑む、東京オリンピック代表を目指す姿勢をぜひ見て欲しい。