女子ゴルフ界では、有望な若手が次々と現われてしのぎを削っているが、その中でも注目を集めている選手のひとりが、渋野日向子だろう。 なんといっても、2019年の全英女子オープンで初出場初優勝。日本人2人目の海外メジャー制覇という快挙を果たした…

 女子ゴルフ界では、有望な若手が次々と現われてしのぎを削っているが、その中でも注目を集めている選手のひとりが、渋野日向子だろう。

 なんといっても、2019年の全英女子オープンで初出場初優勝。日本人2人目の海外メジャー制覇という快挙を果たしたことは、いまだ記憶に新しい。さらに、2020年12月にも全米女子オープン最終日を単独首位で迎え、海外メジャー2勝目なるかと大きな注目を集めた。最終的には、惜しくも4位に終わったが、2勝目も遠くはないと思わせる内容だった。

 そんな渋野が今年に入って、スイング改造に取り組んでいる。しかも、細かな微調整ではなく、アマチュアの目にも違いがはっきりとわかる大改造だ。

 この、渋野のスイング改造にはどのような狙いがあり、はたして改造は成功するのだろうか。

 こうした疑問について、ゴルフスイング研究の第一人者で、"パッシブトルク"(※ゴルフスイングの大きなトレンドのひとつ)の提唱者である、聖フランシスコ・ザビエル大学(カナダ)のサショ・マッケンジー教授に話を聞いた。



渋野のスイング改造について語ってくれたサショ・マッケンジー教授。photo by Yoshida Hiroichiro

 マッケンジー教授は、日本ではまだ名前があまり知られていないが、「スポーツエンジニアリング」と「バイオメカニクス」の研究者で、ゴルフスイングの分析を主な研究テーマにしている。そして、スイングの中でゴルフクラブにかかる力である"パッシブトルク"に関する研究論文を2012年に発表すると、ゴルフ界から大きな注目を集めた。

 タイガー・ウッズを指導し、現在はブライソン・デシャンボーのコーチを務めているスイングコーチ、クリス・コモが彼の研究に特に興味を示し、長く2人は師弟関係にある。

 コモ以外にも、ショーン・フォーリー(タイガー・ウッズの元コーチ)、キャメロン・マコーミック(ジョーダン・スピースのコーチ)、マイク・アダムス(2016年PGAティーチャー・オブ・ザ・イヤー)ら、マッケンジー教授に教えを請うコーチは少なくなく、ゴルフティーチング界に大きな影響を与えている。

 また、彼はゴルフクラブやゴルフスイング測定機器、ゴルフシューズの開発にも関わっており、欧米のゴルフ界に欠かせない人材となっている。

 マッケンジー教授の研究の中心となる"パッシブトルク"とは、スイング中に自然に発生する力のことで、この力を適切に使うことができると、ダウンスイングでクラブの軌道を自然とプレーン上に戻し、フェースを閉じながらインパクトすることができる。スイングの再現性が高まるだけではなく、ヘッドスピードも高めることができるため、ゴルフティーチングをするうえで欠かせない知識となっている。

 私は、友人のクリス・コモを通じてマッケンジー教授を紹介してもらい、彼の勉強会などに参加して、スイング動作において生じる力とその作用について学んできた。マッケンジー教授のスイング理論は、科学的な根拠に裏付けられており、経験や感覚に基づいた過去の理論とは一線を画するものだった。

 そんなマッケンジー教授は、渋野のスイング改造をどう見ているのだろうか。

 マッケンジー教授の見解を紹介する前に、渋野が全英女子で優勝した2019年と2021年現在のスイングを比較して、どこがどう変わったのかを見てみたい。

 細かな点を挙げれば、アドレスで前傾姿勢が浅くなり、バックスイングでヘッドをインサイド気味に上げているのだが、アマチュアでもはっきりわかるのはトップの形だ。

 以前はトップの手の位置が頭の高さまで上がっていたが、現在は肩のあたりまでしか手が上がっていない。トップがコンパクトになり、クラブが寝たレイドオフになっている。



今年に入ってからスイング改造に取り組んでいる渋野日向子

 この改造によって、「飛距離が落ちた」などといった声も聞かれるのだが、科学的に見てどうなのだろうか。

 マッケンジー教授の見解では、「どちらのスイングも、パッシブトルクを適切に発生させ、ボールを安定して打つことができる」という。しかし、2019年のスイングのほうが、より高いクラブヘッドスピードが得られる可能性があるらしい。

「2019年のスイングはクラブの動力学(力とトルク)の観点から2つの利点があります。2019年のスイングでは、トップの位置が高く、肩の可動域が広いことがわかります。肩を大きく動かすことで、クラブの運動量が増え、ダウンスイングではタメが深くなり、クラブを加速することができます。

 また、高いトップからクラブを振り下ろせば、手の軌道(ハンドパス)の距離が伸び、クラブを直線的に動かすことができます。こうしたクラブの運動量やハンドパスの長さによって、クラブのヘッドスピードが上がります」

 現在のスイングは、コンパクトなレイドオフのトップを採用し、シャローなダウンスイングを行なって、クラブをコントロールする意図があると思われるが、それはスイング中のヘッドスピードを落とすことにつながると、マッケンジー教授は指摘する。

「多くのゴルファーにとって、トレイルショルダー(右肩)での動きを制限し、トレイルエルボー(右ひじ)が体から離れないようにすることで、一体感が生まれ、体の動きでクラブをコントロールしている感覚が出ます。ただし、フラットな腕の動きは、両肩によって生み出される力の伝達を制限し、ヘッドスピードは低下します」

 2019年の渋野のスイングは、よくダスティン・ジョンソンに似ていると言われたが、マッケンジー教授によると、現在のスイングはマット・クーチャーやジェイソン・ダフナーに似ているという。彼らのようなバックスイングでトップの位置を低く抑える1プレーンスイングは、体の回転と手や腕の動きが同期しやすいため、再現性が高く、ボールをコントロールすることに長けている。

 一方で、トップの位置が低く小さくなるため、飛距離を出すことには向いてはいない。飛距離よりも、正確性で勝負するタイプのスイングモデルと言えるだろう。

「ANAインスピレーションで勝利したタイのパティ・タバタナキットは、スイング中の両肩の可動域が大きく、ダウンスイングでクラブに最大限の力を伝えることができるので、男子ツアー選手並みのヘッドスピードを出すことができます。

 若手選手には、自分のスピードの限界を探りながらヘッドスピードを上げ、ボールをコントロールすることと両立するスイングを追求してほしいと思います。おそらく、渋野さんは2019年のスイングに違和感があったのだろうと思いますが、私は2019年のスイングのほうに可能性を感じます」

 LPGAツアーにはパティ・タバタナキットのように、平均280ヤード以上の飛距離を出す選手も出てきており、飛距離が出ることは勝利するうえで大事な要素となっている。だが、渋野が新たに1プレーンのスイングモデルを採用したということは、飛距離よりもコントロールを重視するプレースタイルを選択した、ということだろう。

 渋野のスイング改造は間違っているという指摘もあるが、マッケンジー教授が語るように、現在取り組んでいるスイングモデル自体に問題はない。スイング理論やスイングモデルは、世の中に数多く存在するので、自分の目指すゴルフにいかにスイングをマッチさせるかが大事なことになる。

 いずれにせよ、スイング改造の完成には、プロでも少なくとも半年以上の時間が必要だ。そして、現在取り組んでいるスイングが定着した時、渋野はスイング改造の是非ではなく、選択したスイングモデルの是非が問われることになるだろう。