「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」をスタート。フィギュアスケートの中野友加里さんがスペシャリストの一人を務め、自身のキャリア、フィギュアスケート界などの話題を定期連載で発信する。

 今回のテーマは「フィギュアスケートの衣装と靴」後編。フィギュアスケート選手を華やかに彩る衣装と、ジャンプやスピンを支える靴。しかし、ライトなファンはなかなか知識を得るきっかけがない。トップ選手として第一線で活躍した中野さんがそれぞれの秘密を明かす。後編は「スケート靴」。選手を足元から支える靴に選手が持つこだわりとは――。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――スケート靴は衣装以上になかなかスポットライトが当たらない世界。ぜひ、詳しく聞かせてください。

「スケート靴は、値段は安いものから高いものまでさまざまです。スケート初心者の方はエッジも含め、2~3万円で購入できます。ハイレベルな技術を練習する選手は高くても15万円以内でしょうか。私は足形を木で取ってもらい、それに合わせて靴をメーカーに作っていただきました。海外製のものを輸入している選手は一度、オーブンで温めて足を入れてしばらく履き、馴染ませて冷ます。そうすると、自分の形に合っていくので、海外製を選ぶ選手も多くいます」

――オーブンで温めるとは驚きです。それくらい繊細な感覚なんですね。

「重さも変わりました。私は初期のタイプで、伊藤みどりさんと同じメーカーを使っていました。靴本体は皮、エッジの部分はステンレスや鉄でできていますが、靴とのつなぎ目は木。それらは時代と共に変化しました。当時は両足合わせて3キロ弱くらい。今は軽量化が進み、靴本体はグラスファイバー、木の部分がプラスチックソールや樹脂が主流です。エッジは靴をつなぐ土台がジェラルミンと軽さが重視された作りです。両足で2キロを切るくらい。靴の軽量化により、トリプルアクセル、4回転ジャンプなどの高難度のジャンプを跳べる選手が増えたという背景もあります」

――靴はどれくらいの頻度で新しいものに替えるのでしょうか?

「刃の部分は2、3年使いました。『そろそろ、限界かな』と思ったら替えるのですが、何が限界かというと、刃は料理の包丁と一緒で使うほど削れてしまいます。刃を研いで対応するのですが、だんだん削れて薄くなっていく。すると、深いエッジに乗れないなど体重がかけにくくなるので、それが刃(エッジ)の限界です。(刃を除いた)靴の交換は1年ごと。3月のシーズンが終わると、靴を替えて馴染ませ、1年間使っていました」

選手がテープを巻いて出場する意味とは

――練習を積めば積むほど、靴に負荷もかかるわけですね。

「もちろん、選手によって個人差はあります。早い人は半年で替えます。いくら自分の足型で作ったとしても、人が作ったものなので多少のズレが生まれ、どうしても合う、合わないが出てきてしまいます。そのズレによって、ちょっとの体重のかけ方でジャンプが跳べなくなったり、上手く滑れなくなったりする。フィギュアスケートの靴はとても繊細です。『ああ、靴が合わないな』という選手のコメントを聞いたら、そういう状態にいます」

――かつては織田信成さんがバンクーバー五輪のフリーの演技直前にひもが切れたことが当時話題となりました。紀平梨花選手は靴をテープで巻き、自分の感覚に合わせるために調整するシーンを見たことがあります。

「靴は技術面に与える一番影響が大きいものだと思います。そのくらい本当に繊細です。私もテープを使っていました。アイスホッケー選手が使うテープで、アイスホッケーの専門店で買っていました。皆さんが普段履いている革靴も時間が経つとどんどん柔らかくなっていきます。そうなると、履きやすさは増すと思いますが、フィギュアスケート選手の場合は別のことが起きるんです」

――どんなことでしょう?

「足首が曲がりすぎてしまい、衝撃に耐えられなくなってしまう。もしくはケガにつながるケースもあります。その補強のために足首周りを固定するテーピングをするんです。固くすることで、柔らかくなった靴はジャンプなどの衝撃に耐えてくれます。柔らかくなったからすぐに替えたいけど、シーズン途中だと靴を替えることに勇気がいるでしょう。変える時間がなければ応急処置という形でテープを使います。

 織田さんは靴ひもが切れていたものを(切れ目部分を)縛って使っていました。靴ひもを替えるだけでも靴を履く感覚は変わるものです。私も靴ひもが切れたら、しばらく縛って使っていたので、替えるタイミングをすごく考えていました。ただ、演技の最中に取れる可能性もあるので危険です。なので、大会直前にタイミングが重ならないように見計らって靴ひもを替えていました」

ほかの人の靴でも跳べる天才的な選手はごく一部

――競技によっては練習と本番で異なる靴を使うこともありますが、フィギュアスケートでは考えにくいですね。

「フィギュアスケートでは、ほとんどあり得ないことです。選手によっては同じメーカーとサイズが一緒であれば、ほかの人の靴でも跳べるという天才的な選手もいますが、それはごく一部。こだわる人は何十足も履いて試します。メーカーもたくさんあり、特に今は新しいものがどんどん出てくるので、しっくり来るとか、ちょっと違うとか、多くの選手がこだわっています」

――ちなみに、中野さんの好みはどんな靴が好みだったのですか?

「私は日本製しか合わなかったんです。海外のものも履いてのですが、感覚が全く合わず、跳べなくて。機能面では海外製の方が最先端で軽かったのですが……。日本製と海外製では、素材、靴の形、底までの深さが全く違います。エッジの種類も実はたくさんあり、オールマイティーなものからジャンプ、スピンに特化したものまで。

 ジャンプならトウ(つま先)のギザギザが鋭いもの、スピンを回るためにカーブが違うもの、いろんな種類があります。私はオールマイティーなものにしていました。色はシルバーかゴールドしかありませんでしたが、今はエッジの土台にジェラルミンを使っていて、いろんな色が作れるんです。好みに合わせてピンクにすることもできます」

――外から見ていると、なかなか見分けがつくにくい世界ですが、選手の思いが詰まっているんですね。

「エッジは色で選手それぞれの個性があり、こだわりが見られます。そういう小さなことから、それぞれの選手の好みが分かると、選手の気持ちに近づける一つのきっかけになるのかなと思います」

■中野友加里/THE ANSWERスペシャリスト

 1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。現役時代は女子選手として史上3人目の3回転アクセル成功。スピンを得意として国際的に高い評価を受け「世界一のドーナツスピン」とも言われた。05年NHK杯優勝、GPファイナル3位、08年世界選手権4位。全日本選手権は表彰台を3度経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして数々の競技を取材し、19年3月に退社。現在は講演活動を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。自身のYouTubeチャンネル「フィギュアスケーター中野友加里チャンネル」を開設し、人気を集めている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)