「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・中野友加里

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」をスタート。フィギュアスケートの中野友加里さんがスペシャリストの一人を務め、自身のキャリア、フィギュアスケート界などの話題を定期連載で発信する。

 今回のテーマは「フィギュアスケートの衣装と靴」前編。フィギュアスケート選手を華やかに彩る衣装と、ジャンプやスピンを支える靴。しかし、ライトなファンはなかなか知識を得るきっかけがない。トップ選手として第一線で活躍した中野さんがそれぞれの秘密を明かす。前編は「衣装」。高いもので一着50万円を超える衣装はどんな風に作られ、管理されているのか。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

 ◇ ◇ ◇

――フィギュアスケートにとって欠かせない衣装。見ていると華やかで選手によって細やかなこだわりを感じさせますが、選手たちは衣装をどんな風に作っているのでしょうか?

「フィギュアスケートの衣装を専門で作られている“衣装屋さん”が日本はもちろん、世界各地にいらっしゃいます。主にデザイナーが多いのですが、その方に依頼します。フィギュアスケートを専門で作る方が多いものの、私は『ジゼル』というバレエ音楽のプログラムをやっていたシーズン(2008~09年)はクラシックバレエの衣装を専門にしている方に依頼し、製作のため、米国まで行きました」

――衣装のために海外まで行くというのは驚きです。

「そのくらい戦う上で衣装は大切な表現要素の一つなんです。自分の肌の一部という感覚。フィギュアスケートの大会に出る以上は選手がいて、もちろんプログラムがあり、その中に衣装が存在しています。選手にとって欠かせないもの。大会の公式練習や6分間練習で氷上に立った時人の目をぱっと引くものはやはり衣装じゃないでしょうか。私は衣装自体に人を惹きつける力があると思っています」

――中野さんの衣装は現役時代、どうしていたのですか?

「もともとは母に作ってもらっていました。母が洋服も作れるくらい裁縫が得意でした。なので、初めての衣装から練習着まで仕立ててもらいました。母に作ってもらうと『ここがキツイよ』『もっとこうして』などと言いやすく、ちょっと体が成長しても対応してくれました。その分、母は大変だったと思いますが……(笑)

 母に作ってもらうのが一番楽でしたが、デザインは専門の方と比べて限界があるので、2人で勉強しました。一緒に買い物に行って、どんなものが流行っているか、目を光らせ、取り入れたこともあります。衣装屋さんにお願いするようになったのは、4大陸選手権などの大きな国際大会に出るようになってから。振付師の先生に紹介してもらいました」

中野さんの一番のお気に入りは母が作ってくれた「シンデレラ」

――どんなやりとりをするのでしょう?

「一番に伝えるのは曲名です。デザイナーもプロなので、それで世界観は掴んでもらえます。曲名と希望の色、加えて自分の採寸。私は分かりやすいクラシックバレエ音楽や映画音楽を使っていたので、主人公になり切るための衣装。デザイナーさんも衣装のイメージも沸きやすかったのではないかと思います。最初に紹介してもらったのはロシアの方で、自分の希望を伝えると、デザインがいくつかメールで送られてきました。

 それを自分で選んで決めたら、実物が発送されてきます。なので、その方とは一度も会わずに衣装を完成させました。一番は曲名からどんなインスピレーションが沸いてくるのか。そういう部分は海外の方が特に優れているなあと感心しました。ただ、一度も会わない分、色がイメージと合わない箇所があったり、サイズが合わなかったりということがあったので、そういう時は母に直してもらいました」

――中野さんは現役時代、様々な衣装を着て大会に出場しましたが、一番のお気に入りはありますか?

「2006-07年に滑った『シンデレラ』のプログラムです。私は色が白く、肌の色に近い素材がなくて、母が生地の一部を白く染め直して、私の肌の色と大差ないくらい完璧に調整してくれたんです。飾りが綺麗に見える立体感が出て、それは周りから素晴らしいと褒めていただけました。自分の肌と一体感を作れた衣装は、自分の中で思い出深いです」

――衣装も一度作って終わりではなく、常により良いものにアップデートしていくのですね。

「その通りです。私は布にはこだわっていました。特に、絹は軽い。重いものをつけて跳ぶと、体重と同じで、そのまま余分な重さになります。そのため、私は昔から『なるべく軽く』と母に伝えていました。キラキラ光るストーンの素材もなるべく軽くと希望しました。あの一つ一つで衣装もどんどん重くなります。一度、真珠をつけたことがあるのですが、すごく重かった。そうなると技術面で影響が出てきます。できるだけ軽量化するようにしていました」

――それだけこだわりが強いと、金額がかかるものが多いのではないかと想像します。

「そうですね。海外の方に頼むと、10万円以上は見込んでおいた方がいいです。デザイン料を含め、すごく細かい作業も必要になります。本当に高いものは50万円以上かかり、お金をかける選手はすごくかけています。でも、それはお金をかけるくらい衣装は重要なものだから。もちろん、安価なものでも作れますが、衣装の出来栄えで選手にとって一つのプラス要素になると思います」

――メンタル面からも演技に与える影響もあるわけですね。

「やはり自分が好きと思えない衣装を着て出たくはないですし、いかに自分の印象を残すか、インパクトを残すかはとても大切です。私の中では2003-04年シーズンに荒川静香さんが『白鳥の湖』で着用した衣装は驚きました。こういう衣装があったのか、と。発想によって、衣装だけで話題になってしまう。そういうところも見所の一つになると思います」

悩みは汗染み、洗濯は水洗い「装飾が取れてしまうことがあります」

――それだけ繊細で細やかな作りだと、ハプニングもあるのではないですか?

「よく起こるのが、汗で色が変わってしまうこと。大会では、すごく汗をかくんです。9月のシーズンインから翌年3月まで、多い人で10大会くらいに出場するのですが、シーズンの始まりと終わりで汗で衣装の色が変わってしまいます。軽量化を求めすぎた結果、耐久性の問題もあり、一度、ジャンプで転んでしまい、生地の一部が割けてしまったこともあります。結局、その部分だけ作り直してもらいました。

 今でも鮮明に覚えているのは2005年のスケートカナダでジェフリー・バトル選手(カナダ)が演技中に太ももの部分がぱっくりと生地が破れてしまいました。選手本人は素晴らしい演技をしているのですが、そうなると見ている観客も関係者も気になってしまうもの。だから、衣装が破れたり割けたりということはできるだけ起こらないようにしたいです」

――汗染みの苦労があるとのことですが、クリーニングはどうするのですか?

「実はすべて水洗いなんです。(洗濯機は)装飾が取れてしまうことがあります。私は当時、家事が苦手だったので、申し訳なく思いながら母にやってもらいました。ちょっとでも間違えるとシワになってしまうので、脱水も大変だったと思います。母はうまく乾燥させるためにスチームをしながらアイロンをかけていました。

 特に、私がこだわっていた絹はシワになりやすい素材なので、軽さばかりを重視すると大変なこともあります。遠征の際はハンガーに吊るした状態で持って行けないので、畳んで小さくまとめてケースに入れるのですが、一度くしゃくしゃにしてしまったことがあって、そのまま大会に出たら母に注意されました(笑)」

――衣装ひとつ注目しても、フィギュアスケートの新たな楽しみが生まれそうです。

「一番はデザイン。衣装について、本人がどういう思いでこだわり、作っているかが分かれば、より一層楽しめると思います。さらにどういうヒロイン、役柄を演じているストーリー性を理解し、プログラムに共感しやすくなるのではないでしょうか」

(後編の「フィギュアスケートと靴」は24日に掲載)

■中野友加里/THE ANSWERスペシャリスト

 1985年生まれ。愛知県出身。3歳からスケートを始める。現役時代は女子選手として史上3人目の3回転アクセル成功。スピンを得意として国際的に高い評価を受け「世界一のドーナツスピン」とも言われた。05年NHK杯優勝、GPファイナル3位、08年世界選手権4位。全日本選手権は表彰台を3度経験。10年に引退後、フジテレビに入社。スポーツ番組のディレクターとして数々の競技を取材し、19年3月に退社。現在は講演活動を務めるほか、審判員としても活動。15年に結婚し、2児の母。自身のYouTubeチャンネル「フィギュアスケーター中野友加里チャンネル」を開設し、人気を集めている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)