4月17日、国別対抗戦フリーの紀平梨花。腰の痛みを押して出場した「まずは滑り切ることができてよかったです。最悪、直前に棄権することも考えていたので」 4月17日、世界フィギュアスケート国別対抗戦のフリー演技が終わった後、紀平梨花は安堵したよ…



4月17日、国別対抗戦フリーの紀平梨花。腰の痛みを押して出場した

「まずは滑り切ることができてよかったです。最悪、直前に棄権することも考えていたので」

 4月17日、世界フィギュアスケート国別対抗戦のフリー演技が終わった後、紀平梨花は安堵したように笑みを洩らした。

 紀平は競技を挑むには厳しい体調だった。しかし、あらん限りの手を尽くした。少しも悲壮感を出さず、笑顔さえ浮かべて滑った。その雄姿に世界的スケーターとしての器量が見えたーー。

「昨日(13日)、朝から腰を痛めてしまって」

 大会前日の14日、公式練習後のリモート会見に応じた紀平は、努めて明るい声で話していた

「左足(のケガ)をかばってループとかすごく跳んでいて、痛みが出ているのは気づいていたんですが。おとといまでは無理がきいていたのが、昨日でアウトになっちゃいました。着氷の振動で痛みが出たので、無理をしないように。痛みの出ない動きを意識しての練習をしていますが、どんな動きも腰は使うので」

 屈託のない、おっとりとした声音で説明することで重大事に聞こえなかったが、緊急事態である。荷物を落として拾おうとすると痛みが出た。アイシングし、湿布を貼って、消炎鎮痛剤を飲むしかない。休養が最善の処方箋だが、目前に戦いが待っていた。

「さすがに4回転サルコウは無理かなって。(トリプル)アクセルは『入れる』と言い切れないですが、入れたいです。ショートもフリーも様子を見て決めようと思っています」

 周囲の期待に、彼女は競技者の使命感をにじませていた。

 そして15日のショートプログラム(SP)、紀平は使用曲『The Fire Within』でトリプルアクセルを入れる。練習を休んだことで体全体は軽かった。スタートポジションに入る前、自ら口角を上げて、体をポジティブに制御していた。

「(会場に)来る前はダブルアクセルと決めていたんですが、思った以上に跳ぶ感覚がよかったので、せっかくだから(トリプルアクセルに)挑むべきだって。それでミスしても、挑戦したからこそ学べるものがあるので。やるって決めたら、何があってもあきらめず、強気で、楽しく、前向きに」

 紀平はそう言ってアクセルに挑んだ。結果は軸が後ろに傾いてしまい、着氷はできなかった。しかし、勝負に挑むメンタルは瞠目に値した。

 その気概は力を与えたのだろう。

 3回転フリップ+3回転トーループをどうにかまとめ、3回転ループも成功。上半身と下半身のコーディネーションは完璧で、難解な動きも軽くやってのけた。スピンはどれもレベル4で、終盤には氷上での片手側転も披露。体の奥底から火が燃え立つような演技は、とても満身創痍には見えなかった。



SPの紀平。トリプルアクセルに挑んだ

「(腰の)アクシデントは自分でも驚きましたが、しっかり練習してきた中で、ネガティブな事故ではなくて。与えられた経験というか、必要な学び、試練と捉えています」

 紀平は気丈に言った。69.74点で4位は、不調の中でやり切ったスコアだ。

 しかしSPが終わって約15分後、彼女は腰に震えるような痛みを感じていた。しばらく立ち尽くし、歩けないほどだった。4回転サルコウやトリプルアクセルどころではない。最悪、棄権もあり得た。

 だが翌々日のフリー、紀平は決然として立っている。トリプルアクセルは回避したが、得点の高いルッツを入れた。チームジャパンに貢献したかった。

「朝の練習はジャンプを一本も跳ばないようにして、本番だけ一発集中だ! と思っていました」

 昨シーズン使用していた『International Angel of Peace』で構成を落とし、乗り切る目算だった。

「今シーズンのプログラムはジャンプが一つでも乱れると、すべてが崩れてしまう難しさがあって。昨シーズンのは慣れているし、タイミングも使いやすい。ただ、いつもと構成が違ったので、(どのジャンプを入れるかなど)頭をフル回転させながら......」

 冒頭の3回転サルコウを華麗に決め、ダブルアクセル+3回転トーループはどうにか堪え、3回転ルッツはGOE(出来ばえ点)を叩き出した。ダブルアクセル+3回転トーループを成功したが、3回転フリップ+2回転トーループは転倒。ぶっつけ本番で、フリップ+トーループの感覚がつかみきれていなかった。

「出るって決めたからには、『ノーミスで』って思っていたので、悔しいです」

 フリー後、紀平は言った。スコアは132.39点で5位。不本意な成績だろうが、最善を尽くした達成感はあったはずだ。

「ケガをしないのが大事だなとは思いますね。ただ、(最近は)試合の時に疲れた状態になっていたんですけど、今回のように(練習で必要以上に)動かないと調子がよくて、疲れを取るのは大切だと思いました。それは今回の学びで。試合にコンディションを合わせられるように」

 紀平は終始、笑顔を作っていた。7位と苦戦した世界選手権を終え、切羽詰まった感じはよくないと思ったという。それも学びの一つだ。

「今の自分に何と声をかけるか? んー、『お疲れさま』って思いますけど、やるからには決めたかったとも思います。しっかり休んで、腰をケアしたいな、と。痛みを取って来季も頑張れるように」

 2022年北京五輪に向けたシーズン、紀平は新プログラムを作る予定だという。次はファンにどんな驚きを与えてくれるのか。試練と対峙した紀平は、さらなる変身を遂げるはずだ。