「競泳・日本選手権」(8日、東京アクアティクスセンター)

 男子200メートル個人メドレー決勝が行われ、萩野公介(26)=ブリヂストン=は派遣標準記録を突破する1分57秒43で2位に入り、同種目の東京五輪代表を内定させた。優勝はすでに同種目の代表に内定している瀬戸大也(26)=TEAM DAIYA=で1分57秒41だった。萩野はレース後の取材で、手術や不振、休養などを経て個人種目も含めて3度目の五輪に出場できることへの思いを語った。

 ロンドン、リオに続く3大会目の五輪になる。「今までの五輪も一世一代の勝負だと思って毎回臨んでいた。3回目となるといろいろ経験してきているけど、今の自分にしかできない泳ぎを見せたい」と夏の本大会を見据えた。

 リオ五輪では、個人メドレーの400Mで金メダル、200Mで銀メダルを勝ち取り、800Mリレーでも銅メダルに輝いた。競泳界をけん引する存在となったが、その後の道は順風満帆ではなかった。五輪後に右肘を手術。その後は苦戦し、2019年には休養を決断した。

 「色々あって水泳も辞めたいというか、逃げ出した時期もあるし、水の中に入ることすら嫌だった時期もある。本当にいろんな事を経験してきた。そういったことを全部我慢して、我慢というか何も考えずにただ泳いでいればもっと速いタイムとかは出せたかもしれないだけど、タイムじゃない、背負ってきた人生とかがいろいろ僕の後ろにあるので、そういったものを出せるレースをこれからもしていけたら」

 日本選手権直前になっても「色々、大丈夫かな」と不安は残っていたという。それでも、「自分の不安な気持ちとか、そういう余計なもので邪魔したくない思いがあったので、素直に自分の培ってきたものをこの場で出すと言うことで今回臨んだ。タイムも自分のものだと思っているし、一時まではレースの前に負けてたりもあったけど、そういったこともなく、大人なレースができたかなと思います」と、今までの道のりがあったからこその結果だと語った。

 五輪連覇がかかった400M個人メドレーを諦めるなど、種目を絞って臨んだ。「それまでの過程とかあるので、それが全て100%正しいとは分からないけど」と答えを切り出した萩野はこう続けた。

 「今の自分の中では正しい選択だと思って種目は選んだし、そういった練習を積んできた。あの時こうすれば良かったというのを数年前から振り返って、選択肢、2択のところを全部ああすればよかったな、こうすれば良かったなと言うところの最大のところを進んでいったらもっともっと違う人生があったでしょうけど、そういうことはできなかったので、これが今の萩野公介だと言うことで種目も選んでいるし、背伸びしないでこれが自分の実力だと思って泳いでいるので悔いはないです」

 五輪本番へ。萩野は「メダルとか1位を目指すけど、それよりもまず何よりも自分という姿を五輪本番で出し切りたい」と語った。