陸上トラック女子中長距離界に出現したマルチランナー・田中希実(豊田自動織機TC)が、東京五輪を迎える'21年、さらに大きな飛躍を見せてくれそうだ。

 昨年は3000mで8分41秒35、1500mで4分05秒27と2種目の日本新記録を樹立した。日本選手権では1500mと5000mの2冠を達成し、5000mでは見事に代表内定を勝ち取った。年明けの1月17日には、約1年半ぶり2度目のレース出場という1万mで31分59秒89の好タイムをマーク。同21日には日本陸上連盟のアスレティックス・アワード優秀選手賞を受賞し、「コロナ禍の中で努力した結果が記録として現れた。もっと力をつけて、いつでも力を発揮できる選手になりたい」とますますの成長を誓っている。

 800mから1万mまで幅広く取り組む目的を「メインの5000mで強くなるため」と位置づける。従来の常識とは一線を画すアプローチだが、それぞれの種目で得ようとする武器と戦略は理に適っている。800mの狙いは「絶対的なスピードを上げること」。楽にスピードを出すことができれば維持することもより楽になるという考えだ。5000mの次に五輪に近いと考えている1500mは「スピード持久力」の向上。アフリカ勢による揺さぶりへの対応という観点もある。

これまで日本勢が見せられなかったレースを

 3000mではレースを組み立てる力を養う。「レースの中で頭を使いながらコントロールする感覚を得られて、かつ5000mよりもラストスパートを出しやすいので、良いイメージも得られる」と語る。経験の少ない1万mに関しては「まだ5000mと地続きのスピード感覚ではない」と言うが、精神面の持久力向上に役立つという手応えがある。

 世界を見れば、レテセンベト・ギディ(エチオピア)が昨年10月に樹立した5000mの世界記録は14分06秒62で、1km約2分50秒ペース。これは田中の3000mの1km2分54秒を上回る異次元のペースだ。アフリカ勢の壁は分厚いが、父である田中健智コーチとともに思い描いているのは、これまで日本勢が五輪で見せることのできなかった「ラスト1周まで先頭集団に食らいつき、ワクワクするレース」。ひたむきな努力を重ねる田中の渾身の走りに、期待せずにはいられない。

(「SCORE CARD」矢内由美子 = 文)