世界中に猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大において、スポーツクライミング界も甚大な影響を受けている。IFCSクライミングワールドカップをはじめ、多くの大会が延期・中止に追い込まれ、クライミングジムは経営難に苦しみ、クライマーは登る場を奪われてきた。

クライミング界にとって初めてのオリンピックとなる東京五輪延期もその一つだ。日本人クライマーで最初のオリンピアンの資格を勝ち取った野口啓代はその渦中の人物である。野口がコロナ禍をどう乗り越え、2021年の東京五輪へ向かっているのか。今の心境を語った。

(インタビュー・構成=篠幸彦、写真=窪田亮)

東京五輪開催を願いながらトレーニングする日々

――昨年、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でスポーツ界はあらゆる大会が延期・中止に追い込まれ、野口選手がずっと目標にしてきた東京五輪も1年の延期が決定しました。その決定が下されるまでというのは、野口選手はどんな心境だったのでしょうか。

野口:東京五輪の開催がどうなるかわからない頃はすごく不安でしたね。やはり選手としてはずっと東京五輪を目標にしてやってきたので、中止にだけはなってほしくないと思っていました。だから延期と決まった時は本当によかったなと思いましたね。

――延期が決まった時、周りの反応はどうでした?

野口:コーチやトレーナーと今後どうするかは、中止か延期かが決まってから考えようと話していたので、延期と決まった時は本当に喜んでくれましたね。不安が大きかった分、1年後でも開催されるということにチームのモチベーションはすごく上がりました。

――アスリートだけではなく、周りのスタッフも本当に不安な時期でしたよね。

野口:ただ、2021年になった今でも決して事態が好転しているわけではなく、開催がどうなるかはわからない状況なので不安は続いています。今はなんとか開催してほしいと願いながら日々トレーニングをしています。

――野口選手は東京五輪を現役引退の場と公言されていて、この引き際のタイミングにはすごくこだわりがあると思います。延期という決定に安堵したと思いますが、気持ちの部分で1年先になってしまったことについてはどう感じていました?

野口:東京五輪に出たいという気持ちに変わりはなかったですね。これが4年の延期と言われたらわからなかったと思います。でも1年の延期と聞いて競技生活をまた1年続けられるという喜びがありました。それから本当はもっと準備したいと思っていた部分もありましたので延期された分その準備がしっかりできると思うとすぐに受け入れることができました。

――昨年は東京五輪だけでなく、ワールドカップがほぼすべて中止になり、国内大会しか出場できませんでした。長いキャリアの中でもこれだけ大会のないシーズンというのは初めてだったと思いますが、どう過ごされてきたのでしょうか?

野口:やはり大会の数は限られているので、その少ない中でしっかりとピーキング(大会にコンディションを合わせる)をすることを大事にしてきました。それと五輪が開催される夏場の時期は、暑い中でもコンバインドの3種目でしっかりとパフォーマンスを出せるように自宅の「au CLIMBING WALL」でシミュレーションをしてきました。コロナ禍でもやれることにしっかりとフォーカスをして、できる限りのトレーニングをしてきましたね。

――そんな中で昨年8月にリードジャパンカップ(LJC)が開催されました。それまでの大会が軒並み中止となって久しぶりの大会だったと思います。

野口:LJCは何度も延期になっていたので、本番を迎えられた時は「本当に開催できる時がきたんだな」と感慨深い思いでした。無観客でしたけど久しぶりにいろんな選手たちと会うことができたり、大会ならではの緊張感だったり、コロナ以前では当たり前だったことを久しぶりに味わうことができて、本当にうれしかったですね。

――LJCのほかに公式戦以外も含めるとTHE BOULDER BATTLE、Top of the Top 2020、ジャパンツアー(SPORT CLIMBING JAPAN TOUR)と4つの大会に出場されました。大会数は少なかったけれど、その分じっくりとトレーニングに時間を費やせたということでしたが、これらの大会を通してここまでの調子はいかがですか?

野口:練習してきたことを大会で生かせた場面があったので、練習の成果を実感することができましたね。ただ、やはり国内大会だけではわからないことが多々あります。だから今シーズンこそはワールドカップに出て、世界レベルの舞台で練習してきたことを試してみたいですね。

――以前、野口選手から「ワールドカップの初戦はオフに世界のライバル選手がどれほど力をつけてきているかわからないところに緊張感を覚える」という話を伺ったことがあります。今シーズン、ワールドカップが開催されるとなると、前シーズンから1年以上の期間が空くことになります。そこに対する不安や緊張感はいかがですか?

野口:もちろん、長い期間空いているので不安や緊張感はあります。ただ、この1年間はモチベーションが下がることなく、常に自分と向き合いながら良いトレーニングを積んできたという自信があるので、不安よりも楽しみや期待のほうが大きいですね。

「私一人では決して乗り越えられなかった」

――ここまでのお話でもこのコロナ禍で野口選手にとってネガティブになってしまう要素はたくさんあったと思います。それでも野口選手がポジティブに日々を送ることができるのはなぜでしょう?

野口:私一人では決して乗り越えられなかったと思います。ポジティブになれず、ずっと不安を抱えたままだったと思いますね。こういう時代だからこそ、周りの人の支えが大事なのだと改めて感じました。私にはコーチやトレーナーがいて、一緒にトレーニングをしてくれる仲間もいて、周りの人が本当に助けになってくれました。

――周りの支えがポジティブにさせてくれていたんですね。

野口:コーチは毎回練習に付き添ってくれて、トレーニングについても私の納得がいくまでとことん話し合ってくれます。それによってモチベーションを失うこともなく、ワールドカップに出たいと思う一方で、練習の時間も本当に楽しいんです。その楽しい時間があるからネガティブにならず、前向きに日々トレーニングを続けることができるのだと思います。

――そのモチベーションを失わずにトレーニングができるというのは、具体的にはどんな工夫があったのでしょう?

野口:練習の中で常に目標を設定してきました。今日はこの課題を登ろうとか、今月中にこのタイムを出そうとか。コーチが目標をいつも私の力のちょっと先のところに設定してくれて、その明確な目標を達成することに必死でしたね。課題(壁にセットするコース)自体も私が飽きないように毎回新しいものをセットしてくれて、コーチ陣のそういった努力のおかげで練習でのモチベーションは維持されていると思います。

――トレーニングがオフのレスト日の過ごし方も大事だと思いますが、どんなことに気をつけていますか?

野口:やはりトレーニングを常に全力で取り組むためには、レスト日(クライミングをしない日)にいかに回復するかが大切だと思っています。一日の中で体も心も回復して、次のトレーニングの日をフレッシュな状態で迎えることを心がけています。

――フレッシュな状態で迎えるためにはどんなことをしているんですか?

野口:大事なのはどれだけ脳を練習から切り替えてリラックスできるかだと思います。そのためにオフではクライミングから離れて一日を過ごすことが大切ですね。私の場合は昨年から分子栄養学を取り入れた料理を習うようになりました。普段は練習を遅くまでやっているので、料理をする時間というのはなかなか取れないのですが、オフの日にはいろんな料理にチャレンジして、それをSNSにアップして楽しんでいます。

――自粛などで代わり映えしない生活になりがちだからこそ、新しいことにチャレンジするというのは大事なことですね。

野口:そうですね。遠出ができなくて気分がふさぎがちな時期に、家や身近なところでできるけれど、実はやってこなかった新しいことを発見してチャレンジしてみるのは大事だと思います。私の場合はそれが料理でした。そうやってクライミングとは違うことを楽しんで一日をリラックスして過ごしているうちに、夕方や夜になる頃には「早くまた登りたいなぁ」となっているんですよね。

この一年で東京五輪への思いはより深く、心身はよりよい状態に

――先ほど話にも出てきましたが、野口選手のご実家に建設された「au CLIMBING WALL」はスピード、ボルダリング、リードと3種目の壁があり、これだけ充実したプライベートウォールは国内のみならず、世界的に見てもここだけですよね。この練習環境は野口選手にとって大きなものですか?

野口:もうプラスしかないですね。まず3種目を一つの場所で練習できるという環境はそうあるものではないですし、課題も自分たちが変えたいタイミングで自由に変えられるというのは営業ジムではできないことです。場所も実家なので移動時間がなく、本当に練習だけに時間を費やすことができるので恵まれた環境だと思いますし、大きなアドバンテージだと思っています。

――そんな恵まれた環境の中で、これだけトレーニングに時間を費やせるシーズンというのはこれまではもちろん、これからもあるかわからないと思います。そのトレーニングでは野口選手はどんなことと向き合ってきました?

野口:やっぱりできないことをできるようにする時間、自分の苦手なことと向き合う時間が圧倒的に長かったですね。シーズンに入ってしまうと大会前にそういったことはなかなか取り組みづらかったり、長く時間を取ることは難しかったりします。大会が少ないからこそ、自分と向き合う時間というのをじっくりと取ることができましたね。

――その中で今まででは気づけなかったことはありました?

野口:気づけなかったことというより、やらなければいけないとわかっていたけれどやる時間がなかったこと。ずっと後回しになってしまっていたことを一つずつ整理できました。東京五輪が2020年8月の開催だったら間に合わなかったと思うこともありましたね。1年延期になったことで基礎の部分や細かなところまでじっくりと見直すことができたのは、すごくプラスなことだったと思います。

――最初の話にもありましたが、2021年になってもコロナ禍は続いていて東京五輪が本当に開催できるのかわからない状況です。そんな中でも野口選手の東京五輪に対する思いは変わりないですか?

野口:もちろん、五輪に対する気持ちはまったく変わりません。むしろ、このコロナ禍でいろんな苦難があったり、一時は中止になるかもしれないと不安になった時期もありましたから五輪への思いはより強くなったと思います。

――これまでさまざまなイベントや大会が無観客で開催されて、なかには人数を絞って有観客で開催できている大会もあります。東京五輪も無観客や観客を絞っての開催というのは考えられます。そうなると野口選手が当初思い描いていた舞台とは少し違う雰囲気になると思いますが、そうしたこともイメージすることはありますか?

野口:やはり選手としては仕方ないとはいえ、無観客での開催となると寂しいと思いますし、思い描いていた理想の舞台とは違ったものになると思います。ただ、そうなってもいいので開催してほしいと願っていますし、そのイメージも準備もできています。

――一つ先の話になってしまいますが、次のパリ五輪でもスポーツクライミングが種目として採用されることが決定しています。でも採用の内容が東京五輪ではスピード、ボルダリング、リードの3つを複合としたコンバインドの1種目なのに対して、パリ五輪ではボルダリングとリードの複合種目と、スピード単種目の2種目という形での採用になりました。野口選手が得意とするボルダリングとリードに集中できるということで、周りの人から次も出てほしいという声はたくさん聞かれたのではないでしょうか?

野口:それはもう常にいろんな人に言われますね(笑)。確かに東京でもスピードが離れて、ボルダリングとリードの2種目の複合になれば私にとってより有利な種目になっただろうなと思います。でも、だからといってパリにも出たいという気持ちにはならないですね。

――ルールが変わってもその思いは変わらないということですね。

野口:私が引退を心に決めたのは2016年で、そこからずっと東京五輪に向かってやってきました。だから東京で終わるということにすごく意味がありますし、自分でここまでと決めたその覚悟の気持ちがなにより大きいですね。

――では最後に“2021年の東京五輪”への思いを聞かせてください。

野口:2019年の世界選手権で五輪出場が決まった時、2020年の東京五輪で集大成となる登りをして金メダルという形で引退をしたいという話をしました。その思いは今でも変わっていません。むしろ、この一年で金メダルに向けた準備がしっかりできたことで、思いはより深くなりました。心も体も本当に良い状態に仕上がってきているので、2021年の東京で最高の登りをして、表彰台の一番高いところに登りたいと思います。

<了>

PROFILE
野口啓代(のぐち・あきよ)
1989年5月30日生まれ、茨城県出身。TEAM au所属のプロフリークライマー。小学5年生の時に旅行先でフリークライミングに出会う。その翌年に行われた全日本ユース選手権で中高生を抑えて優勝するなど急速に成長。2008年ボルダリング ワールドカップで日本人初の優勝を果たし、翌2009年には年間総合優勝。その後も数々の国内外の大会で輝かしい成績を残し、2019年世界選手権で2位となり、東京五輪内定。メダル候補として活躍が期待されている。