勝ったのは、桐生祥秀だった。10月2日、陸上日本選手権の男子100m決勝。この舞台での優勝は実に6年ぶり2度目のことになる。タイムは10秒27と自己ベスト9秒98には程遠い数字だ。

 それでも、「(優勝は)大きいです」と桐生自身も語るように、さまざまな意味のある優勝であった。

 近年、男子短距離の充実はめざましい。

 男子4×100mリレーにおいては、2016年のリオデジャネイロ五輪銀メダル、世界選手権では2017、2019年と2大会続けて銅メダル。もはやメダル獲得は珍しいことではなくなった。個人に着目しても、長年、挑戦が続いてきた10秒の壁を破った選手は3人現れた。

 その中心に、桐生はいた。

「勝負強さに欠けるのでは」という視線

 高校3年のとき、日本歴代2位(当時)の10秒01を出し脚光を浴びると、世界選手権にも出場。短距離個人種目では初めての高校生日本代表だった。

 大学4年生となった2017年には、日本学生陸上競技対校選手権で9秒98をマーク。日本で初めて、9秒台のタイムに乗せたのである。

 また、先に記した国際大会のリレーメンバーにもいつも名を連ね、メダル獲得に寄与してきた。

 ここ2年は、10秒0台を出す回数も増えた。地力が上がったことを示している。

 実績を築き、競技レベルも上げてきた桐生は、常に記録更新の期待が寄せられていたし、そして100mのレベルを向上させる役割も果たしてきた。

 一方で、桐生に対して「勝負強さに欠けるのでは」という視線が向けられることもあった。

 象徴的だったのが昨年までの日本選手権。国内大会では最も重要な、そしてそのシーズンの国際大会の選考もかかる大会で、2014年の初優勝のあとは勝利に手が届かなかった。

五輪代表には内定したが、レース後、涙を流した

 リオデジャネイロ五輪代表選考がかかった2016年は、直前の大会で10秒01の好記録を出して臨んだ。だが、レース中に右足にけいれんを起こした影響もあり3位。五輪代表には内定したが、レース後、涙を流した。

 2017年は4位にとどまり、同年の世界選手権100mの代表を逃すことに。

 2018年は準決勝を全体1位で通過しながら決勝は3位。アジア大会100mの代表入りはならなかった。

 2017年の日本選手権後の言葉が印象深い。

「(自分自身に)足をすくわれました」

「プロとして」といった趣旨の言葉を口に

 記録は記録として尊い。同時に「勝つこと」も重要だ。そういう意味で、桐生にとって、今回の日本選手権優勝は価値がある。

 大会には、今シーズン、10秒03の好記録を出し好調を伝えられるケンブリッジ飛鳥らがいた。勝負はもつれた。最後は0秒01差の接戦ではあっても、だからこそ勝ったことに意義がある。

 多田修平の前半からの飛び出しに対し、落ち着いたレース運びをしたことも価値がある。

「6年ぶりの優勝は、ずっと注目してもらってきた中で、5年間勝てなかったということです。そういう面でも今回勝てたのはよかったなと思います」

 桐生の言葉である。

 桐生は一昨年に大学を卒業するとともに、スポンサーを得て、プロのアスリートという立場で競技活動に打ち込んできた。自身、「プロとして」といった趣旨の言葉を口にしてきた。

東京五輪100mの代表は最大3枠

 そうである以上、記録と成績で応えなければいけない。そんな自覚が芽生えた。

 以前はトレーニングメニューに対して頑固な一面があったが、「プラスになるかもしれない」と一度は受け入れる姿勢が生まれたという。

 また、新型コロナウイルスで自粛を余儀なくされる中、時間を無駄にすることなく、トレーニングや勉強に打ち込んだという。それらも、プロとしての自覚から生まれた変化だろう。

 つまりは、プロアスリートとして、どうあるべきか、その追求が結びついた優勝だった。

 とはいえ、群雄割拠の100mだ。安閑としているわけにはいかない。

 東京五輪100mの代表は最大3枠。

 代表になるには参加標準記録を突破していることが条件になるが、現時点での突破者はサニブラウン・アブデル・ハキーム、小池祐貴、そして桐生の3人。ただ、ケンブリッジ飛鳥や多田修平、また、長年主軸として活躍してきた山縣亮太らもいる。

 標準記録を突破する選手がさらに現れるのは容易に想像できる。

 それを知るからこそ、桐生はこう語っている。

「勝ち切れたことは大きいけれど、タイムは速くはないので、来年(の日本選手権)は速さと強さを兼ね備えて戻ってきたいです」

 たしかな成果を実感しつつ、次を見据え、新たなシーズンへ備えようとしている。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)