9月17日、いよいよ全米オープンが開幕する。

 今年の舞台はニューヨーク郊外の難コース、ウイングドフットGC。

 2006年大会でフィル・ミケルソンが喉から手が出るほど欲していた全米オープン・タイトルに王手をかけ、それなのに72ホール目で自滅して勝利を逃した因縁の場所だ。

 当時を知るウイングドフットのジェネラル・マネージャー、コリン・バーンズ氏によれば、あの'06年大会の前、ミケルソンと当時の相棒キャディだったジム・“ボーンズ”・マッケイの2人は、誰よりも多くウイングドフットを事前に訪れ、綿密な準備を行なっていたそうだ。

「2人は、とにかくグリーンのチェックに余念がなかった。確認した内容を彼らはノートに記していて、そのノートをちらっと見たら、小さな記号や数字がぎっしり書き込まれていて、まるでNASAが作成した(宇宙開発の)資料のようだった」

入念な準備、ドライバーはフェード用だけ

 当時、ミケルソンはマスターズ2勝('04年、'06年)、全米プロ1勝('05年)を挙げ、メジャー通算3勝を誇っていたが、全米オープンを制したことは1度もなく、愛国心に富む彼は、アメリカ合衆国のナショナル・オープンで勝利することを何より切望していた。だから大会の何カ月も前から勝利を誓って準備していた。

 まず4月のマスターズを制した2週間後にウイングドフットを初訪問。6月の全米オープンの3週間前に2度目の訪問。そして大会前週に3度目の訪問。合計3度、通算10日間を費やして、ウイングドフットを徹底研究し、徹底練習を行なった。

「距離は長いが、勝敗を左右する長さではない。飛距離より、ボールをインプレーに置くことがカギになる。コントロールショットでフェアウエイをしっかり捉えていくことが何より求められる」

 ミケルソンは、ドロー用とフェード用、2本のドライバーを駆使してマスターズを制したばかりだったが、全米オープンではフェード用だけをバッグに入れ、フェアウエイ・キープを目指すつもりだった。

事前にコースへ3度訪れるなど、綿密な準備で臨んだ2006年大会 ©︎Getty Images

72ホール目、勝ち急いだミケルソン

 しかし、いざ戦いに挑んだとき、ミケルソンのショットは乱れに乱れた。とりわけドライバーショットは、フェアウエイを捉えることのほうが稀だと思えるほど最悪だった。

 それでも彼は単独首位に立ち、1打リードで72ホール目を迎えた。どうしようもないほどのショットの乱れをショートゲームで補いながら辛抱強く戦っていた。

 しかし、最後の最後に我慢ができなくなった。72ホール目。ミケルソンのドライバーショットは大きく左に曲がって、巨大なホスピタリティ・テントの屋根に当たった。ボールが落下したのはギャラリーで踏み固められた枯れ草の上。ライはさほど悪くはなかったが、前方の木がスタイミーで、直接グリーンを狙うことは、あまりにも無謀だった。

 だが、勝ち急いだミケルソンはロングアイアンを握ってグリーンを狙った。結果、ボールは木に当たり、前進できたのは、わずか25ヤードだった。第3打はグリーン左サイドのバンカーにつかまり、4打目はグリーンを横切って逆側の深いラフの中へ。5打目のチップはカップをオーバーしてダブルボギー。

 かくしてミケルソンは、手に入れるはずだった勝利を「僕は2位になると思っていた」というジェフ・オギルビーに差し出し、1打差の2位に甘んじた。

最終18番ホール、痛恨のダブルボギー ©︎Getty Images

14年ぶりのウイングドフットでの挑戦

 あれから14年が経過した今年、ミケルソンはウイングドフットを事前訪問することなく、いきなり挑もうとしている。コロナ禍の今年は無観客試合ゆえ、全米オープン・ウィークを迎えてから現地入りしても、ギャラリーや大勢のメディアや関係者に気を取られることなく練習に専念できると思っているのだそうだ。

 だが、勇んで現地へ行かなかった理由は、それだけではないだろう。今年50歳になったミケルソンの心身は、言うまでもなく14年前とは異なる。

勝てば初制覇、生涯グランドスラムも

 愛妻エイミーの乳がんとの闘病を傍らで支えた翌年の2010年にマスターズを制し、2013年には全英オープンでも勝利を挙げてメジャー大会の勝ち方を身をもって知った。

 筋力や飛距離が衰えた事実と反比例して、経験に基づく判断力が高まり、肝心の場面で溢れ出す感情をコントロールする術も身に付けた。

 2017年に名匠ギル・ハンスによって改修されたウイングドフットは、今年、全長7477ヤード(パー70)に設定され、14年前より200ヤード以上も距離が長くなっている。

 もしも今年、ミケルソンが優勝すれば、それは彼にとって全米オープン初制覇、そしてメジャー6勝目となり、それは同時にメジャー4大会すべてを制すキャリア・グランドスラム(生涯グランドスラム)の達成となる。

 ラスベガスのブックメーカーが算出したミケルソン優勝のオッズは75倍。その可能性は決して高くはないが、ゼロではない。

勝敗を分けるのは「パーを求める心」

 勝ちたい。勝ってほしい。本人も周囲も切に願うミケルソンの勝利。だが、今、彼に求められるものは、今さら飛距離を伸ばすことではもちろんなく、もはや何度もコースを訪れて事前チェックや事前練習を繰り返すことでもない。大切なのは14年前と同じ轍を踏まないことだ。

 あの'06年大会の72ホール目で、もしもミケルソンが71ホール目までと同じようにショットの乱れをショートゲームで補ってパーを拾うことを目指していれば、おそらく彼は勝っていた。

 だが、勝利を求めるあまり、最後の最後に「補ってパーを拾う」ことより「無茶でも攻める」ことを選んでしまった。その結果、彼は自滅した。

「オレはなんてバカなんだ」

 そう言って頭を抱えたあの失敗を繰り返さないためには、求めすぎない我慢のゴルフが何より求められる。

グリーン上で頭を抱えたミケルソン ©︎Getty Images

 2006年大会のオギルビーの勝利は、ミケルソンの自滅によって押し上げられた優勝だとも言われたが、単なる「棚ぼた」ではない。あのウイングドフットの4日間で、ただの一度もダブルボギーを叩かず、最終日の最難関の上がり3ホールをすべてパーで切り抜けたのは、上位陣ではただ1人、オギルビーだけだった。

 それは、無欲の勝利であり、「パーの勝利」だった。詰まるところ、全米オープンはイーブンパーとの戦いである。たとえウイングドフットが多少長くなろうとも、ラフが一層深くなろうとも、時代や選手たちの顔ぶれがどう変わろうとも、勝敗を左右する究極は「パーを求める心」の有無だ。

3打差あれば、ダブルボギーを叩いても

 気になるのは、開幕前にミケルソンが口にしたこんな言葉だ。

「願わくば、今年は72ホール目を2位に3打差の単独首位で迎えられますように」

 3打の差があれば、たとえ最後にダブルボギーを叩いても優勝できるという考え方は、少々消極的すぎる。

 だが、前のめりになりすぎず、背もたれにゆったりもたれてリラックスしているミケルソンが、あらためてウイングドフットに挑むのだから、今年は今年ならではの新たなドラマが期待できるのではないか。

「オレはなんて幸せなんだ」

 サンデー・アフタヌーンに、そんなフレーズが聞こえてきそうな予感がする。

因縁の地で雪辱を果たすことができるか ©︎Getty Images

(「ゴルフPRESS」舩越園子 = 文)