<幻の20年夏>

卓球男子の張本智和(17=木下グループ)は初のオリンピック(五輪)で、男女を通じた史上最年少の金メダルを目指していた。今年、東京五輪が開かれていれば今日31日は男子シングルスの決勝。仙台市の自宅で震災を経験した張本の「金」で、10年目を迎えた東日本大震災の被災地を、明るく照らしていたかもしれなかった。

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「東京五輪で金メダル」。張本は記者に囲まれるたび、崇高な目標を言葉にし続けた。重圧は半端ではなかった。その緊張が切れたことがある。19年4月、ハンガリーでの世界選手権。シングルスで格下に敗れ、ベスト8に進めなかった。

「東京五輪まで順調にいかなくても良いんじゃないかと思うようになった。東京ではまだ17歳。ただ東京で開催されるから注目されるのであって、自分の五輪はまだまだ先にあると思っている」。弱気になった。高1に進学したての15歳。無理もない。

卓球界を超え、日本スポーツ界全体から受けた期待に応えようと自分を鼓舞し言い続けた「金メダル」。それを言う自信を初めて失った。

それでも数週間後、再び目標を聞くと「やっぱり金を目指したい」と、いつもの張本が戻っていた。高みを目指す理由の1つに、東日本大震災の被災地を励ましたい強い思いがある。

あの日、自宅の机で学校の宿題に向かっていた。前日には雪が降り、冷え込んだ仙台はあと少しで、おやつの時間を迎えるところだった。

午後2時46分。震度6強。小学1年の張本には、恐ろしすぎる経験。大急ぎで近くの公園に避難した。その手には、宿題の途中だった鉛筆が握られたままだった。当日は車中泊。その後何日も水道が出ず、停電が続く中、近所の人が飲料水やパンをくれた。津波被害こそなかったが、生きた心地がしなかった。

張本が通っていた東宮城野小に、津波で校舎が壊滅した荒浜小(現在は震災遺構)が間借りし、授業をすることになった。お互いの校舎はわずか6キロ余りの距離だが、荒浜地区は津波が全てをのみ込んだ。震災当日の夜、「荒浜で200~300人の遺体」とニュース速報され、日本全国を震え上がらせた。

1000年に1度と言われた大震災が、身近にあった。だからこそ今でも3月11日が近づけば、自ら被災地を思う発言をする。「自分が金メダルを取れば、被災地の皆さんに少しでも元気が届けられるかもしれない」。

来夏、18歳34日で男子シングルス決勝を迎える張本が金メダルを獲得すれば、五輪卓球での最年少記録を塗り替える。この1年は偉業を成し遂げるための長い助走路。延期しても「復興五輪」の意義は消えない。【三須一紀】

◆張本智和(はりもと・ともかず)2003年(平15)6月27日、仙台市生まれ。家族は元選手でコーチの父宇さんと、95年世界選手権中国代表の母凌さん、卓球女子の若手のホープ妹美和(12)。両親が98年に中国・四川省から仙台へ移住。14年春に国籍変更。18年1月の全日本では男女を通じ史上最年少の14歳208日で初優勝。同12月、ワールドツアーグランドファイナルでも最年少優勝。昨季を世界ランキング日本人1位で終え、東京五輪シングルス、団体戦の代表に内定した。現在は同ランク4位。175センチ。血液型O。