ニュージーランド代表のボーデン・バレット、スコットランド代表のグレイグ・レイドロー、南アフリカのマカゾレ・マピンピ。昨年日本で行われたワールドカップで観衆を沸かせた世界のスーパースターたちが、続々とトップリーグへの移籍を発表している。

 世界の大物選手のトップリーグへの移籍は、今に始まった話ではない。最近ではニュージーランド代表のダン・カーター、かつては同国代表のソニー・ビル・ウィリアムズ、マア・ノヌーなど、多くのスーパースターがトップリーグでのプレーを経験している。

 こうした大物の移籍は、「トップリーグは海外のリーグに比べ試合数が少なく、給料がいいから」という理由で説明できる。だが、なぜそのような構造が存在するのか。選手たちがそれまで所属していた海外のプロラグビーに目を向けてみると、プロならではの厳しい現実が見えてくる。

プロラグビーを支えるパトロン構造。

 世界トップレベルの選手たちがプレーするラグビー強豪国のプロクラブは、基本的に独立採算制で運営される、私営企業の形をとる。1995年、国際統括団体であるインターナショナル・ラグビー・ボード(現在のワールドラグビー)が競技のプロ化を容認してから25年が経つが、ビジネス面で言えばラグビーのプロ化は成功しているとは言い難い。

「世界のプロリーグを見てみると、どの国でもリーグ参加クラブの大半が赤字経営という、非常に残念な現実がある。イングランドのプレミアシップについて言えば、殆どのクラブで、ラグビーが大好きな億万長者が私財を投じてクラブ経営を支えるという、いびつなパトロン構造で成り立っている」

 世界中のプロクラブだけでなく、代表チームにもトレーニング用品を提供するライノ・グループのCEOレジ・クラーク氏は、プロラグビーをビジネス面で成功させる難しさを指摘する。

 日本でのトップリーグプロ化構想でも議論されているが、クラブが抱える選手数が多く、ワールドカップや海外遠征などの例外を除き、週に1試合しか組むことのできないラグビーは、構造的に収益性が低い。年間10試合程度しか行わず、ファンベースも大きい代表チームは、試合の放映権収入や観客動員数も伸びて潤うが、その基盤となるクラブの経営は、全くの別物だ。

 こうした背景から、ラグビー協会がクラブを資金的に援助したり、事実上の傘下組織としたり、或いはパトロンが私財を投じなければ経営が成り立たないほどに、世界のプロクラブはビジネス面で不調に喘いでいる。

CVCキャピタル・パートナーズの存在。

 そんな中、昨年5月に同コラム内でも紹介したルクセンブルクに本拠地を置く投資ファンド「CVCキャピタル・パートナーズ」が、プロラグビー界にその触手を伸ばしている。CVCは2018年にイングランドのプレミアリーグの運営会社、プレミアシップ・ラグビー・リミテッドの27%の株式を購入。その後、プロ14(アイルランド、ウェールズ、スコットランド、イタリア、南アフリカの上位クラブで構成されるリーグ)の株式も取得した同社は、現在シックスネーションズ主催組織の株式購入交渉の最終段階にいると言われている。

 さらに同社は、4年に1度南半球への遠征を行う、イングランド、アイルランド、ウェールズ、スコットランドのオールスターチームであるブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの株式購入の交渉にも入っているとされており、欧州のプロラグビー界に積極的な投資を行っている。

「助ける」ではなく「利用する」。

 ビジネス面で困窮するラグビー界に投資が行われるのは朗報に聞こえるかも知れないが、投資ファンドはラグビー界とは違う目線でラグビーを見ていることを忘れてはならない。

 CVCは、プレミアシップの昇降格制度の廃止や、これまで英国内では無料地上波で放送されていたシックスネーションズの有料放送化を提案するなど、ファンをはじめとしたラグビーの当事者を完全に無視した方向へと圧力をかけている。投資ファンドの仕事をしているだけと言えばそれまでだが、ラグビーを純粋な金儲けの対象としてしか見ていない同社の動きには、懸念の声も強い。

 そして、コロナ禍により更なる経済的困窮に陥る世界のプロラグビー界は、CVCに対する交渉力が弱まっている可能性が高い。

「CVCは、コロナ禍によりラグビー界が収入減に苦しんでいる状況を見て、助けるというよりは、苦境を利用する方向へ動くだろう」

 クラーク氏の指摘は、ラグビーファンとしては聞きたくない言葉かも知れないが、これが現在のプロラグビーの現実であることは否定できない。世界のラグビー界に精通するビジネスマンである同氏だが、1980年代には神戸製鋼でスタンドオフとしてプレーした経験も持つ、根っからのラグビー人だ。世界のプロラグビーの今後を危惧しながらも、冷静に現実を指摘する氏の言葉には、説得力がある。

「日本に住みたい」選手はたくさんいる。

 ラグビーがメジャースポーツとしての地位を確立する強豪国ですら厳しい状況に置かれる、プロラグビーというビジネス。収益を確保する為、試合数は選手たちの肉体的限界まで増やされる中、トップリーグは選手たちにとっては当然魅力的な移籍先に見える。その上、日本には国として人を惹き付ける魅力もある。

「治安の良さや、食文化をはじめとした独自の文化などを理由に、個人的に日本を訪れたい、或いは数年間でも住んでみたい、と言う選手は本当にたくさんいます。ラグビーを離れた一般のイギリス人の間でも、日本という国の人気は高いです」

 ロンドンに拠点を置く法律事務所、CDSメイフェアで日本への移籍を希望するスポーツ選手のエージェントを務める松崎豪氏は、観光立国としての道を目指す日本が持つ魅力を、追い風要素の1つとして指摘する。

ガラパゴス型か、ジャパン・ウェイか。

 2021年秋以降の開幕を目指す日本ラグビーの新リーグだが、各チームが独立採算を成り立たせるようなモデルは目指していない。親会社などの形で、これまで母体となっていた企業がクラブを経済的に支援しながらも、独立組織となったクラブが、これまでとは違った形で収益の確保に努めるという形が現在の想定だ。

 結局は大企業の財布に頼っている、という点を揶揄する人もいるかも知れないが、先述の通り、ラグビー先進国のクラブでさえパトロン頼りの経営であったり、投資ファンドに食い物にされる危機にさらされているのが現実だ。企業の参画形態や、選手の雇用形態では今後も日本独自の形を保っていくだろうが、これはガラパゴス現象の残念な産物か、或いはジャパン・ウェイとして誇れる日本独自のやり方か。

 これまでのトップリーグの問題点である、母体企業の経済的負担を軽減するだけの興行収入が得られるか否かが鍵となるが、この課題がクリアできれば、新トップリーグはこの先も世界の大物選手を惹き付けるだけの魅力を保てるだろう。

 外国人選手の大量移籍は、未来の日本代表選手の出場機会を奪うことにも繋がるが、これは外国人選手枠を適切に保つ、という課題として取り組まれる。

 どちらの課題も簡単なものではないかも知れないが、大物選手たちの母国のクラブが課されている厳しい状況と比べて、どうであろうか。新トップリーグの成否を判断する基準の一つとして、今後どれだけ世界の有名選手が移籍してくるか、という点に注目してみるのも面白いかも知れない。

 学生時代から注目しているひいきの選手が、世界の一流選手としのぎを削るような試合を観ることのできるトップリーグは、ファンにとって最高のエンターテイメントであることは、間違いないのだから。

(「ラグビーPRESS」竹鼻智 = 文)