1992年7月27日、14歳の少女が世界の頂点に立った。バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎ決勝。予選2位の岩崎恭子は、最初の50メートルを6位でターンすると徐々に上位に進出。150メートルで2位に上がると、ゴール直前に世界記録保持者のアニタ・ノール(米国)を逆転、迫ってきた林莉(中国)も振り切り、2分26秒65の五輪新記録で優勝。21日に14歳になったばかりの中学2年生は「14歳6日」という競泳史上最年少の金メダリストとなり「今まで生きてきた中で、一番幸せです」とはにかんで見せた。

 前年の全国中学大会で100、200メートル平泳ぎの2冠。将来を期待されていたが、92年の日本選手権では粕谷恭子に次ぐ2位で五輪出場権を得た。大会前の五輪ランク(2分31秒08)は出場選手の中で14番目だったが、予選で日本記録を2秒以上も塗り替える2分27秒78を記録。多くの選手が緊張する大舞台でも「当時は難しく考えていなかった。プールが小さく見えた」と伸び伸びした泳ぎで、一気に国民的ヒロインに駆け上がった。

 帰国後、地元・沼津市でのパレードでは5万人が祝うなどの大フィーバー。周囲の過度な期待に苦しむようになり、記録も伸び悩んだ。一度は代表落ちを経験しながらも96年アトランタ大会で代表切符をつかんだが、200メートルでは10位。「不安ばかり募って大会を迎えてしまった。バルセロナみたいなことは起こらないと分かっていた」という。日大に進学後の98年、20歳で引退を決断。再び栄光をつかむことはできなかったが、日本中を驚かせた金メダルが色あせることはない。