バルセロナがリオネル・メッシへの依存体質に陥って久しい。

“その他の選手”はもっぱら繋ぎの足下へのパスを回すばかりで、その他人任せの姿勢は自分たちからエースが痺れを切らすように仕向けさせて、天才炸裂の時を待っているかのようでもある。そこにはプレーモデルの発展も、接点も、結末もない。

 メッシが結果を左右し、試合の魅力を維持している。逆に言えば、メッシが出場しない試合は、バルサのフットボールを見たいという気持ちが以前のように湧いてこなくなってしまった。

 だからこそ、チームのテコ入れを図るべく、バルサは近年大型補強を敢行してきた。しかし中盤を活性化する新戦力として期待されたフレンキー・デヨングは、開幕以来、脇役に甘んじる状況が続き、現在は怪我で戦線離脱中だ。

 さらに深刻な状況にあるのが同じく補強の目玉だったアントワーヌ・グリエーズマンだ。試合を通してパスを呼び込むべく献身的にピッチを走り回り続けても、誰もその努力に呼応しようとしない。シーズンも終盤を迎えるこの時期に至っても、周囲とかみ合わないプレーを続けている姿を見ていると、チーム内にはいまだに彼の加入を認めたくない一派が存在しているかのような印象さえ抱いてしまう。

 そしてそうした様々な要因が重なり、ボールを持てばとりあえずはメッシにボールを預けようとする極度の依存体質を招いている。しかしメッシもメッシでその後のプレーの選択肢は限られている。

 極論すれば、いま彼が頼りにしているオプションは、左SBジョルディ・アルバのオーバーラップ、逸材アンス・ファティのサイドからの仕掛け、そして相棒ルイス・スアレスとのゴール前でのコンビネーションプレーの3つだけだ。

 逆に“10番”がこの3つの鍵盤を適切にタッチしないと、バルサというオーケストラはハーモニーを奏でることすらできない。1人の人間が演奏をリードし、音色を失ってしまったオーケストラ、それが現在のバルサの姿だ。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79~84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。