Number Webでは、今だからこそ読んでほしい過去の記事を特別に公開します。今回は2015年ラグビーワールドカップで日本と南アフリカがぶつかりあった世紀の名勝負の記事をもう1度お届け!
 目を疑うほど鮮やかな「ジャイアントキリング」だった。過去、W杯7大会で1勝21敗2分のラグビー日本代表が、これまでW杯での敗戦はわずかに4度、優勝2度の“巨人”スプリングボクスを退けるという歴史的事件。世界に衝撃を与えた番狂わせは、いかにしてなったのか。(Sports Graphic Number 2015年10月23日臨時増刊号 vs.南アフリカ「『ブライトンの衝撃』は永遠に」より)

 イングランド南東部に位置するブライトンは海辺のリゾート地で知られている。ブライトン・コミュニティスタジアムは小高い丘が連なる内陸部にあった。急傾斜の客席の最上段からは牧草地に放牧される羊を眺めることができる。穏やかな時が流れるこの場所で歓喜も落胆も通り越した衝撃的な出来事が起こると、いったい誰が想像しただろう。

 しかし、日本代表選手、スタッフだけはそれを信じていた。彼らは自分たちが準備してきたことを正確に遂行すれば勝つことを知っていた。試合後、堀江翔太はさらりと言ってのけた。

「最初から勝つつもりでしたよ」

 9月19日、キックオフ前の国歌斉唱には澄み切った表情をした日本代表選手が並んだ。対するのはW杯を2度制し、世界一のサイズとパワーを誇る「ラグビージャイアント」南アフリカ代表である。覚悟を決めて立ち向かうしかない。W杯初出場となる五郎丸歩の頬を一筋の涙がつたった。

きょうの日本はいつもと違う。

 午後4時45分、試合は南アのキックオフで始まった。いきなり自陣深くまで攻め込まれたが、SO小野晃征が低くタックルし、CTBマレ・サウが上体を抱えて倒す「ダブルタックル」でボールを奪う。

「最初にきょうの日本はいつもと違うと考えさせれば、勝つポジションに入れる」(ジョーンズHC)

 その言葉通り、7、8月の国際試合では自陣から連続攻撃を仕掛けてはミスをしていた日本が、ロングキックを蹴り込み、南アにボールを持たせて倒し、ターンオーバーを勝ち取る。タックルして瞬時に起きあがり、またタックル。2番手の選手がボールを奪うか、次に備えるかの判断も的確だった。3年半のタフなトレーニングは選手の肉体に勝つための反射的動作を染み込ませていた。立ち上がりの4分で3度のターンオーバーに成功。この時点ですでに南アの選手たちには動揺が走っていた。

立川の動きが五郎丸のトライへ。

「多くのサプライズを見せられると思います」(ジョーンズHC)

 2日前の記者会見での言葉を裏付けたのは前半5分のプレーだ。

 この日最初のスクラムだった。自陣深くの日本ボールである。「スクラムを押せば勝てる」。ジョーンズHCは強気の言葉を繰り返してきた。しかし、ここでは、SH田中史朗がボールを投入すると、HO堀江が最後尾のNO8ツイヘンドリックにボールを蹴り出し、ツイが小野に素早くパスを送る「ダイレクトフッキング」を使う。体格の大きな南アFWの圧力を長時間受けない工夫であり、素早く出すことで相手が防御に備えるためにスクラムを押さなくなるという効果を狙っていた。

 一連の攻撃も力強かった。CTB立川理道が南アSOランビーにまっすぐぶち当たったのだ。面喰らったようにランビーは吹っ飛び、さらにツイが前進した後、南アFW最前列の巨漢3人が並んだ防御ラインを五郎丸が突破。キレの良い攻撃に大歓声が沸き上がる。出色の活躍だった立川の動きは相手の出足を食い止め、同時に後半の五郎丸のトライを生み出す布石にもなった。

南ア相手の好勝負に泣けた。

 日本はこの後も多彩な攻撃を仕掛ける。キックを多用したかと思えば、自陣PKから速攻、相手のタッチキックはクイックスローで攻めるなど南アを休ませない。キックオフの蹴り方も、転がるキック、ライナー、ロングと毎回変化をつけ、安定したボール確保を許さなかった。

 待望のトライは前半29分。南ア陣ゴール前のラインアウトからモールを組む。押し切れると判断するや、小野、立川、松島幸太朗のBK陣も参加して一気にインゴールになだれ込み、リーチマイケルがトライ。10-7と逆転に成功した。日本をサポートするすべての人の思いを込めたモールの結束に胸を熱くした人が多かったはずだ。

 国際映像に映し出されたジョーンズHCも一瞬泣き顔になった。選手たちは指揮官の想像をも超越していたのだ。客席にも涙顔の日本人がいた。24年間、W杯で勝てなかった日本が南アと好勝負を繰り広げることは、それだけで泣けてくることなのだ。

同点残り10分。最後の総攻撃。

 スコアは二転三転。後半、日本からやって来たサポーターから発生した「ニッポン、ニッポン」のコールは、次第に「ジャッパン、ジャッパン」に変わった。

 後半28分、22-29の南ア7点リードの場面で日本がサインプレーを仕掛ける。

 南ア陣へ20mほど入った左のラインアウトだった。交代出場のSH日和佐篤からボールはCTB立川へ。何度も縦に切り込んでいた立川の動きで防御の足が止まった。次の瞬間、立川は右に移動していたSO小野にパス。慌てた南アのCTBが2人で小野に向かったところで内側に走り込んだ松島が抜け出す。最後は五郎丸が楕円球を大事に抱えてインゴールに滑り込んだ。

「事前の分析で南アフリカの防御が空くのはわかっていました」(五郎丸)

 この日、24得点をあげた五郎丸が右隅の難しい位置からゴールを決め、29-29の同点となる。残り10分。直後のピンチの連続を1PGに抑えた日本は、観客席の大声援を背に最後の総攻撃に出る。

「カモーン! ジャパーン!」

 何度となくゴールに迫った試合終了間際、ゴール前左中間でPGチャンスを得た。スコアは3点差。世界中のコーチが「(PGを)狙え」と叫ぶ場面である。引き分けでも勝ち点は「2」。プール戦では勝ち点を加算することが大切だからだ。

 しかし、日本代表は違った。「勝つためにスクラムを選択しました」(リーチ)

「ブレイブ・コール」と元スコットランド代表監督のイアン・マギーカン氏が賞賛したキャプテンの勇敢な判断に、スタジアムが熱狂する。

「カモーン! ジャパーン!」

 ここで勝たなければ歴史は変わらない。日本ラグビーを支えるすべての人々の思いがそのスクラムに凝縮された。

実況者も警備員も、皆が熱狂した。

 南アの渾身の押しに耐えてボールを確保した日本は、リーチ、真壁伸弥らがボールを抱えて次々に突進。ゴールラインまではあと5mだ。右タッチライン際から今度は左オープンヘ。日和佐の横に囮として五郎丸が縦に走り込む。「俺に放るな~」と心の中で叫びながら。この動きで南アの防御が少し止まった。左タッチライン際にスペースができる。日和佐からパスを受けた立川は、アマナキ・レレイ・マフィへロングパス。そしてボールはカーン・ヘスケスへ。左コーナーぎりぎりにヘスケスが飛び込むと、会場は異様な興奮状態に包まれた。

 テレビの放送席では実況者が絶叫し、警備員、ボランティア、記者も総立ちになった。その場にいた人々が目撃したのは、ラグビー史上最大のアップセットだった。

 80分間体をぶつけ合うラグビーに「まぐれ」はない。最後まで走りぬいたフィットネスは最大の勝因だが、ミス、反則を最小限にとどめた規律、緻密な戦略、そして勇気ある決断と、その戦いぶりも特筆すべきものだった。

「何回でも泣ける」。最優秀選手に選ばれた田中史朗が泣きじゃくる。その言葉は、日本ラグビーを愛する人々の気持ちを代弁しているようだった。ラグビーの枠を超え、世界中の人々に勇気を与えた「ブライトンの衝撃」は、ラグビーという競技が続く限り、永遠に語り継がれる。
(Sports Graphic Number 2015年10月23日臨時増刊号より)

(「Sports Graphic Number More」村上晃一 = 文)