「ライトからものすごい逆風が吹いているのに、引っ張って放り込んでやろう! って欲望、ひと目でわかるようなスイングしてたんで、『それはいかんやろー!』ってベンチから声をかけた次のボールを、ライトスタンド後方のネットの最上段まで持っていきましたからね、カイマは」

 西武・平良海馬投手を沖縄・八重山商工で3年間指導した末吉昇一監督(現・具志川商高野球部長)。今年38歳、情熱にあふれとても勉強熱心な、今が働き盛りの指導者である。  末吉先生が新任だった浦添商高時代、当時の神谷嘉宗監督(現・美里工業高監督)のもとでコーチをつとめていた頃からのお付き合いになるから、いつの間にかもう10年を超えている。

当初は野手向きかと思っていた。

「正直言って、高校からピッチャーでプロに行くとは、最初は夢にも思ってませんでした。逆に、野手としてのほうが将来が広がるのかな……って。タイミングが合えば130m、140m飛ばすし、ああ見えて打球に対する反応なんてすばらしく敏捷ですから。ウチは部員が少ないせいもあるんですけど、投げない日はショート守ってましたよ」

 以前、末吉先生から、ある映像を見せてもらったことがある。

 どん詰まりの打球がショートの前に転がるか……と思ったら、投手・平良海馬が横っ飛びのバックハンドで拾うと、捕手へワンステップのジャンピングスロー。三塁からホームに突入する走者を刺してみせた。

 桑田(真澄・元巨人)かと思った。

 それが、2年生の夏の予選でのことだった。

平良海馬が「脱皮した」瞬間。

「最初は、ただ力任せにガンガン投げるだけの“野生児”で、完投して四球14なんてこともありました。でもだんだん、海馬がピッチングとかピッチャーってこととまっすぐ向き合うようになってきたんですよね」

 バックに足を引っ張られるとムキになったり投げやりになるのを、叱ったり、なだめたり、諭したり……。そんなことが続いていたある試合で、いつものように、打ち取った打球をエラーされた平良海馬がベンチに戻ってきて、

「おい、エラーなんて気にしないで攻めていこうぜ!」

 チームメイトを鼓舞する発言をしたから、末吉監督、驚いた。

「海馬が変身した……いや、脱皮した瞬間でしたね。そこからピッチャーとして、劇的に変わりました。“緩”あっての”急”だってこともわかってきて、ああ見えていろんな変化球投げられる。教えたことを決してハイ、ハイで済まさないで、ボールの握りや肩甲骨の動き、体重移動……疑問があれば聞き返してきて、ビデオを見ながら納得ずくで身につけていって」

意外と大人っぽい自己決定力。

 2年生の秋には、147キロまでMAXを伸ばした。

「腹筋なんか10秒も静止できないのに、140キロ台を投げる。これで、体幹が人並みになったら何キロ出るんだろう、伸びしろすごいだろうなぁと思ってたら、自分からジムに通うようになって、ひと冬越えて3年の春には152キロ。こりゃあ、プロに出してあげなきゃと思いました」

 上のレベルに行って、投げる以外の仕事で苦労しないように、牽制、クイック、フィールディング、毎日のように末吉監督の指導が続いた。

「体の柔軟性とか指先感覚とか、ああ見えてパワー以外の要素も備えてましたし、教わったことをしっかり試すことができて、合わないと思ったら捨てることもできる。そういうところ、意外と大人っぽくて」  

内川聖一を詰まらせた!

 末吉先生、「西武・平良」について、忘れられない場面があると言う。

「去年ですよ、ソフトバンク戦で、バッターがあの内川選手ですよ」

 平良海馬の内角速球に、内川がどん詰まりのセカンドゴロだったという。

「プロ野球を代表するバッターですよ。あれだけのバッターが、あんなに詰まる姿なんか見たことない。見ていて、僕がいちばん痛快でしたね!」

 大方の予想を良い方向に裏切って、プロ2年目の昨季後半から一軍の中継ぎの1人として26試合に登板した西武・平良海馬。

 プロ初勝利どころか2勝目まで挙げて、ホールドも6。

 デビュー後まもなく危険球退場という「試練」に遭いながら、2日後にはきっちり1イニングを無失点に抑えてしまう「生命力」まで発揮した。正念場の今シーズンも、ここまで(6月28日現在)中継ぎに4回登板して、まだ1点も奪われていない。

「もともと、緊張してちぢこまるとかビビるとか、そういうこととは縁のないヤツですから。見とけ、オレがやったる……打てるもんなら打ってみろ! みたいな投げっぷりが見込まれて、指名につながったと聞いています」

 優勝は飾ったが、チーム防御率は12球団中11位だった昨季の西武ライオンズ。

 中継ぎに平良が加わって「7回」が固まってから、西武の投手陣が落ち着いた。そんな表現をする人もいる。

成人式より、自主トレを選んだ。

「こっち(石垣島)では、1月の成人式にはみんな島に帰ってきて成人を祝うものなんですが、海馬だけは帰って来なかった。去年、菊池雄星投手にくっついてアメリカに自主トレに行ったんですが、その時に初めてで遠慮もあって、聞きたいことも聞けなかったらしいんです。

 それで今年、もう一度連れてってもらって、納得がいくまで勉強したいって。まだハタチの若者ですから、みんなと会ってワイワイやりたかったはずなのに、そういう欲望とか誘惑にあいつは負けない。今の自分に必要なのは、メジャーリーガーの先輩との自主トレなのか、島の成人式なのか……ちゃんと優先順位をつけられる。ああ見えて平良って、精神年齢、結構高いんです」

高校生の時に受けておけばという後悔。

 だから、あんなに何度も受けに来てくださいって言ったのに…。

 含み笑いをまぶして、末吉先生がつぶやいた。

 あっ、そうだった。

 平良海馬、まだ石垣島の高校生だった頃、当時の末吉監督から、何度もお招きをいただいていたのを思い出した。

 平良が「本島」の高校生だったら、行っていた。

 私は、飛行機があまり得意ではない。

 通路が2本の大型ならなんとかガマンもするが、通路1本の飛行機はドアが閉まった瞬間から、閉塞感というか、窒息感というか、息苦しさを感じてしまって、どうもいけない。

 だから、那覇までは行けても、そこから中型の飛行機に乗り換えて向かう石垣島へは、どうしても躊躇してしまったのだ。

 失敗したなぁ……と思う。  

 今、西武の中継ぎの一角として奮投する平良海馬のバックスピン抜群の快速球というか、剛速球を見るたびに、受けてみたかったなぁと大きな悔いが残る。

 きっと、ホームベース手前あたりからビューンと加速するようにミットにめり込んで、伸びと重さというなかなか共存しない2つの宝物の両方を併せ持った破壊力抜群のストレートだったはずだ。

なんくるないさーだけが沖縄ではない。

「なんでも、ボールの回転数を測定してくれる機械を自分で買って、キャンプの時に、ブルペンのキャッチャーの後ろにセットして、回転数、自分で確かめていたらしいですよ。見た感じとは逆……どこまでどん欲なヤツなんでしょうね」

 身体能力と運動センス、なんくるないさーと、それだけが「沖縄系」じゃない。

 その上に、追求と、納得と、探求と……。

 西武・平良海馬が、進化系の島んちゅのパイオニアになる。

(「マスクの窓から野球を見れば」安倍昌彦 = 文)