「元パドレス大塚氏の長男は指名されず」

 こんな見出しの記事がネット上に躍ったのは、メジャーリーグの新人ドラフト会議が終了した6月11日(日本時間12日)のことだった。新型コロナウイルス感染拡大による開幕延期で例年の40巡から大幅に縮小され、5巡止まりとなった今ドラフトで、近鉄やパドレスなどで活躍した大塚晶文氏(48=現・中日駐米スカウト)の長男、虎之介(22=サンディエゴ大3年)が指名漏れしたというもの。

 翻って、大塚親子が今年のドラフト指名に期待を寄せていたかというと、報道とは少し趣きが違う。

 大塚虎之介は地元サンディエゴの名門ランチョ・バーナード高から、サンディエゴ大に奨学金制度で迎えられた。昨季は外野とDHで52試合に出場し、打率2割8分7厘、2本塁打、チーム2位の34打点を記録。4年制の大学に通う選手は、3学年を終えるか、または21歳以上の選手がドラフト資格を得る。

 今年のドラフト指名に虎之介があまり期待を抱けなかったのは、2年前の足の大怪我にあった。1年生のシーズン終了間際、走塁の際に右膝前十字靱帯を損傷し、修復手術を受けている。昨季はプレー用の固定具を患部に装着して試合に臨んでいたが、不安は拭えなかった。そして、完全に回復した今季は早々にシーズン中止となり、アピールする機会を失ってしまったのだ。

父は「まだ体ができていない」。

 そんな虎之介を、父・晶文氏は客観的な視線で評した。

「筋力はだいぶついたがまだ体はできていない。これからの1年をどう送るかで(来年の)チャンスはあると思う」

 虎之介は身長175cmながらパンチ力があり、本人曰くスイングは吉田正尚(オリックス)をイメージしている。もっともサンディエゴ大のヒル監督からは俊足を活かすため、コンパクトなスイングへの再考も促された。が、試合になると色気が出る。

 その煮え切らない気持ちを一変させたのが、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督だった。

ロバーツ家の打撃ゲージで。

 ロバーツ監督は晶文氏が現役時代、オフにトレーニングを共にした仲間の1人だ。大学野球は2月から5月までがシーズンだが、今季はコロナ禍で3月に入ってから中止に。するとロバーツ家が大塚家から近いこともあり、虎之介はロヨラ・メリーマウント大に通う息子のコール・ロバーツと共にロバーツ家の打撃ケージで打ち込んできた。そんなある日、虎之介はロバーツ監督からこう助言された。

「コンパクトなスイングと内野をやれれば、プロへのチャンスはあるだろう」

 高校の途中で内野手から外野手に転向した虎之介が、吉田のスイングを研究し出したのもこの頃だ。しかし、今後を考えれば力勝負だけでは難しくなる。同じ小柄な体型でレッドソックスの世界一に貢献するなどメジャーリーグで10年の現役生活を送ったロバーツ監督の目を、虎之介が疑うはずもなかった。

「父に負けるわけには絶対いきません」

「虎は二塁かな。二塁手の忙しい動きに連動した、さまざまな角度からの送球をしっかり覚えないと。アドバイスはします。頑張って欲しい」

 息子の内野手再転向を後押しする晶文氏は、昨季までの3年間、パドレス傘下3Aで派遣コーチとしてブルペンを担当。今季からはスカウティング業務が主となり、息子のプレーを知る時間を持てている。6月17日からは全米から集まった選手の混成チームで戦う「サマー・リーグ」が地元で始まった。ウイルス感染防止対策の一環で無観客試合のため、動画で観戦中だ。

 虎之介にとって、晶文氏はその背中を追うのではなく、「超えるべき存在」であると言い切る。

「父は何もないところからメジャーリーガーになりました。諦めないのはすごいと思います。とても恵まれた環境にいる僕が、その父に負けるわけには絶対いきません」

 晶文氏は高校1年の冬に最愛の母を亡くし、兄、姉と励まし合って、母との約束だったプロ野球選手になるという夢をかなえた。海を渡ってからも、毎試合前のアメリカ国歌斉唱の際に「お母さん、ありがとう。今日も見守ってください」とつぶやいていたことを、虎之介に明かしている。

「ぜひ、やってごらんなさい」

 そして、ロバーツ監督ともう1人、父が運んでくれた縁があった。

 2009年3月19日、サンディエゴのペトコ・パーク。虎之介少年は第2回WBCを戦う侍ジャパンの試合を観戦していた。第1回WBCの胴上げ投手である父の隣には、当時の優勝監督・王貞治氏が座っていた。虎之介は勇気を振り絞って、かつての大打者にこう問いかけた。

「あの……日本の先発メンバーはほとんどが左バッターです。だから僕も左打ちに変えようと真剣に思ったのですが。どうでしょうか?」

 世界で一番多くホームランを放った偉人は、優しい笑顔で返した。

「それはいいことだぞ。ぜひ、やってごらんなさい」

 少年は密かに胸を躍らせた。その晩から自らに課した500回の素振りは、1日も欠かしたことはない。左打ちへの転向は簡単ではなく、高校に進むまでは不本意な打撃が続くこともあったが、それでも偉大な打者の言葉が頭から離れることはなかった。

壁に残された奇跡の1枚。

「恵まれた環境」にいる自分と違い、「何もないところ」からメジャーリーガーとして活躍した父を見て、虎之介は14歳の頃、こんな誓いを書いて自室の壁に貼っている。

「I will be a MLB player!」

 これまで気に入った言葉を書いて壁に貼っても、よれた紙に乱雑な文字を並べるため、母親によくはがされてきたというが、この言葉だけは今も残っている「奇跡の1枚」なのだ。

 怪我、コロナ禍と不運にも見舞われたが、来年のドラフトに向けて再スタートを切っている。日本人初の「親子2代のメジャーリーガー」に向けて、大塚虎之介の熾火のような闘争心は再び爆ぜだした。

(「メジャーリーグPRESS」木崎英夫 = 文)