新型コロナウイルスの感染防止のための部活動停止。選手たちは、それぞれのやり方で“試練の春”と向き合った。プロ注目の155キロ右腕、慶大・木沢尚文投手(4年・慶応)は、約2か月半に及んだ自粛期間を「個人の能力を高めることに集中できるチャンス」と捉え、高い意識を持って過ごした。走り込みで自らを鍛え、フォームの改良にも着手。心身ともたくましさを増し、グラウンドに戻ってきた。(取材構成・浜木 俊介)

 8日のチーム練習再開日。横浜市の慶大グラウンドのブルペンに入った木沢投手は、いきなり自己最速に迫る154キロをマークした。充実した個人練習を積み重ねてきたことがうかがえる、力強い投球だった。

 「2か月は、あっという間でした」

 練習場を去る際、さりげなく発した言葉が心に残った。学内の施設の使用が禁止され、満足に練習ができない。仲間と一緒に高め合うことも難しい。そのような状況で過ごした日々を短く思えたのは、どうしてなのか。10日後、再びグラウンドへ足を運んだ。

 「自粛期間の前より少しでもピッチャーとして成長して次のシーズンへ、と思っていました。状況に恵まれて春のオープン戦を何試合かやらせてもらい、課題も分かっていたので、自分に必要なことを考えて練習していたら、あっという間でした」

 進化を遂げたいという思いを如実に表していたのが、投球前の動作の変化だった。いったん腰を引き、かがむような体勢を取ってからセットポジションに入る。MLB・レイズの長身パワー型投手ターラー・グラスノーを参考にしたという。

 「骨盤を立てることを意識しています。それまではステップ幅が広く、体が沈み込むような感じで投げていたので、前で球を離せているように見えても、体が沈むため低めの球に力が伝わっていませんでした。骨盤を立てるとステップ幅が狭くなり(6歩半→6歩)、その分前傾して投げることができる。低めの球が変わってきたと思っています」

 真っすぐで、もっとバッターを押したい。速さ、球質、制球。全てをレベルアップさせるため効率的なフォームを追究して導き出した結論だった。

 「MLBは、大学に入って頻繁に見るようになりました。投げているボールの質、すごさが、シンプルに伝わってきます。ただ、それを体が大きいからだとか、もともとのポテンシャルが違うということで片付けるのではなく、自分に落とし込めないかと考えています。マウンドに立つだけで相手を圧倒する存在感を見せながら、勝てる投手になる。それが理想です」

 トレーニングでは、ランニングに最も力を入れた。東京六大学は、8月に1試合総当たり制のリーグ戦を行うことにしている。そして、従来通りのスケジュールであれば、9月から秋季リーグ戦に突入。長丁場の戦いを見据えてのものだ。

 「夏場のリーグ戦は初めて。短期決戦で、どうやって投げて回復させて、次の試合へ向かうか。根本的な体の回復力は、ランニングでなければ身につきません。長い距離を走るのではなく、インターバル走で心拍数を上げてという練習をこなしました」

 NPBのスカウトが能力を認める大器。しかし、肩肘の故障のため大学ではコンスタントに活躍できず、昨年までのリーグ戦での成績は、13試合3勝1敗という数字にとどまっている。それだけに、ラストイヤーに懸ける思いは強い。

 「基本的に、投げなければうまくなりません。後れを取ったというか、もったいない時間を過ごしたとは思いますが、リハビリの知識を学ぶこともできました。自分はかなりポジティブなので、その期間があって良かったと思えるようなシーズンになれば、オールオッケー。チームが勝つために、自分がどう投げるか。夏は、どんなに状態が悪くても試合を作る。1試合でも多く投げ切って、他のピッチャーの負担を減らしたいですね」

 東京六大学でプレーすることを夢見ていた10歳の時(08年)、選手が坊主頭ではない慶応が夏の甲子園大会で準々決勝まで進出するのを見て、自主性を重んじる雰囲気に憧れた。自立した個々が同じ目標に向かっていく時に生み出されるパワーこそが「KEIO」の強さだという自負がある。

 「今の練習も人数を制限していますし、チームが一つになりにくい状況にあります。でも、こういうシーズンだからこそ、学生野球の本質が問われると思います。自粛期間に成長した個人が、リーグ戦へ一つにまとまっていけるのが、慶応野球部のいいところです。高校野球のラストシーズンは、1試合に登板しただけで、何もできなかった。だから、慶応で7年間野球をやってきて、一番いいシーズンにしたい。僕自身のためでなく、このチームのために、慶応のために投げたい」

 目指すステージは、この先にある。それでも、特別な年のリーグ戦に、己を捨てて完全燃焼することを誓った。真っすぐに生きる。投手としてだけでなく、人間的な魅力にも触れた思いがした。

 ◆木沢 尚文(きざわ・なおふみ)1998年4月25日、千葉・船橋市生まれ。22歳。慶応高で甲子園出場はなく、3年夏の神奈川大会準優勝が最高。慶大での神宮デビューは、2年春の立大1回戦。同年秋の法大3回戦で初勝利を挙げる。リーグ戦通算13試合3勝1敗。33イニングで奪三振44。182センチ、78キロ。右投右打。

 ◆堀井哲也監督の評価「総合力高い選手」

 スポーツマンとしての総合力が高い選手だと思います。自分を鍛えること。立てた目標に向かっていく姿勢。教えても、なかなかできることではありません。どんなに素質があったとしても、生かすも殺すも最後はそれが重要になります。彼の場合、球威、球速という素晴らしい武器を持っていますが、その土台ををさらに伸ばしていく力があるとみています。

 最後のシーズンは、エースとしてフル回転してもらいたいですね。8月のリーグ戦が、仮に1週間か10日で5試合行われるとすれば、最低2試合は先発してほしい。そして、残りの3試合のどこかで抑え役を任せるというイメージです。彼の投げっぷりやトレーニングでの様子から、十分に耐えられるのではないでしょうか。ただ、夏は暑さとの闘いにもなります。完投を目指すなかで、5~6イニングをきっちり投げるイメージで、と本人には伝えてあります。