巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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 後半戦の”開幕戦”で巨人は乱打戦の末、広島に辛勝した。0.5差で首位・広島を巨人が追う”天王山3連戦”の第1戦は前半大量リードした巨人が終盤、広島の猛反撃にあい、先発・槙原から角、江川とつなぐ総力戦を展開、5投手を繰り出した広島を11-9で退けた。これでゲーム差はなくなり、今日30日に勝てば首位奪回だ。

◆巨人11-9広島(1983年7月29日・広島)〔勝〕槙原17試合7勝4敗〔負〕川口18試合8勝5敗〔セーブ〕江川17試合8勝6敗1セーブ〔本〕スミス14号3ラン(川口・2回)、篠塚12号(新美・4回)、山倉3号2ラン(古沢・7回)、達川3号(槙原・7回)

 うだるような熱帯夜の熱気。滴り落ちる汗。スタンドは盛んにうちわで、それを振り払っている。

 全ての動きが一瞬止まった。熱狂が急にやむ。押し黙ったファンが息をつめて、マウンドに視線を集中させていた。

 8回、2点差に迫られなお1死二、三塁。角がボールを藤田監督に手渡す。そして監督はそのボールを握りしめながら、平光主審に「ピッチャー…」しぐさからして明らかに投手交代を告げていたのである。

 「角に代わりまして、ピッチャー江川」場内アナウンスとともに、沈黙を守っていたスタンドが、また一気に熱狂へ走った。ストッパー角が倒れて一体誰が投げるのか。「江川―」。全く予想外の名前が、両軍ベンチにもネット裏にも、この一戦にかける“巨人の決意”を告げていた。

 試合開始直前。「アレッ 江川、お前ベンチ入りか?」“あがり”のため宿舎に向かう新浦、定岡が声をかけた。「そう、どうしてかオレにも分からんけどね。多分5番手ぐらいで投げるんじゃない」前日の練習中「第1戦は太陽が北から昇っても僕が投げることはないよ」と自ら語っていた江川。新浦らの問いかけには、半ば冗談めかして答え、まさか本当に“太陽が北から昇る”とは、本人も考えていなかったろう。

 突然のマウンド。試合開始直前、慌ててゲーム用のユニホームを宿舎から届けさせた。しかし、いつもの江川とはひと味違っていた。「気迫が球に伝わってきた」(山倉)のである。代打・道原はボテボテの三ゴロ、1点失ったものの後続を断ち、最終回は3者凡退だ。

 ヒーローのマイクに向かうとき、まだ唇が震えていた。先発以外の登板は一昨年の9月30日、広島戦以来、プロ入り6回目。震える唇は突然の指名に応え、プロ入り初セーブをあげた自らの力投、25球に酔っているようだった。

 「登板? 角がマウンドに上がった時に言われました。ブルペンはせいぜい20、30球だったでしょうねえ。少ない? そんなこと考えませんでした。第一、そんなこと考えても始まらないでしょう。でもまたいつでも行きますよ」

 無我夢中での登板、いつも自分の調子を計算しながら投げる男にとって、それは初めての体験だったろう。オールスターに出場すべきか、それとも辞退すべきか、監督、コーチ、トレーナーが直前まで協議、最後は本人に任された。

 「出場して良かったと思いますね。鈴木さん(近鉄)はじめ色んな人の話を聞いて、モヤモヤが吹っ切れた気がします」

 チーム後半戦の開幕を飾る、貴重な初セーブ。総力戦に応える気迫をもたらしたオールスター出場に改めて、大きな収穫を感じ取っていた。

 スタートでいきなり7点差、追いすがる赤ヘルに、7回の山倉の2ランで再び7点差。「あれでもういけると思ってたんだ。終盤は胃が痛くなって、ベンチで薬を飲んだよ」と末次コーチ。

 「こんなに興奮したのは久しぶりだぜ。ハラハラさせて、結局勝って…。ペナントレースもこんな具合になるんじゃないか」2回、3ランを放ったスミスが笑い飛ばす。

 「今日はなんとしても勝ちたかった。こんなゲームになったけど、勝てた意義は大きい。江川のストッパー? もうありません。あとは先発ローテーションをキチッと守りますよ」藤田監督は脂汗の残る顔をほころばせて言った。

 江川がもう一度「また機会があれば行きます。ストッパーでも」。死闘の総力戦は手応えのある白星をもたらし、何よりも投手陣、チームの軸になる男に、精神的なスタミナをよみがえらせた。(川手 洋一)