巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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◆巨人8-4広島(1982年4月23日・広島)〔勝」西本聖4試合3勝1敗〔敗〕山根4試合1勝2敗〔本〕中畑3号(山根・1回)、水谷1号(西本聖・2回)2号(西本聖・8回)、山本功(山根・4回)、原4号(山本和・5回) 勝利打点=山本功 4回勝ち越し右中間本塁打

 王助監督の目指す200発打線がいよいよ本格的にエンジンを回転させ始めた。 中畑が1回、前夜(22日)のサヨナラアーチの興奮を引き継ぐように2打席連続の3号ホーマーを左翼席へたたき込めば、原も負けじと5回、中堅バックスクリーン左にでっかい4号を運んだ。

 17日の阪神戦に続いてNH砲今季2度目のアベックホーマー。その間には山本功が勝利に結びつける1号3ランを右中間に打っている。

 あまりに打ち疲れて?8回に毎回安打こそ逃したものの、今季初の先発全員安打をマークして、1引き分けを挟んで5連勝。それも最大のライバルである対広島戦の初戦に快勝したのだから、言うことなしだ。

 牧野ヘッドコーチが打てない打線を嘆いたのは試合開始前のベンチでだった。「中日との九州シリーズはひどかった。打線は今、最悪の状態だ。投手陣におんぶしている。今日の広島は打力のあるチームだから打ち勝たねばダメ。でも、正直いうと打てるかどうか、心配なんだ。上向きの兆しは見えているんだけど…。とにかくあんなにランナーが出ないんでは、コーチャーズボックスにいても暇で仕方がない。早くオレを忙しくしてほしいよ」

 牧野ヘッドの心配はプレーボールとともに消し飛んだ。篠塚の左犠飛で松本が先制のホームを踏むと、すぐ中畑がかっ飛ばした。0-3だった。「ボールスリーからまさか打ってこないだろうと思ってストライクを取りにいった」と打たれた山根。だが前夜のサヨナラの一発でノッていた中畑は狙っていたのだ。

 「真ん中高めの真っすぐ。いい球がきたので思い切って振ったよ。向こうもまさかと思ったろうね。エッヘッヘ」 

 生まれて初めてサヨナラホーマーを打った前夜。中畑は駒大トリオの二宮、平田を誘って博多の街に繰り出してドンチャン騒ぎ。最後はカラオケ・スナックでお得意の”みちのくひとり旅”をサービスするほど乗っていた。

 劇的なドラマの主役を演じた男が親友たちと一緒に開いた祝宴は格好のこの夜の景気づけだった。「こんなことなら今夜もまた一丁パーッとやろうか。いままで苦しんできたけど、もう大丈夫。四番に恥ずかしくない働きをこれからしていくよ」ときっぱり。

 原は、不振に陥ったオープン戦の終盤、気分転換のために春から初夏にかけて着るブレザーを2着作った。それが届けられたのは阪神との1000試合シリーズが始まる時だった。その途端にいい感じで打ち出した。1号が17日、2号が18日、3号が21日、そして4号と、わずか1週間で4発。

 「外角低めの球を、うまく引きつけて打てた。フィーリングが良くなってきたからね」

 これで15試合を終わって4ホーマー。王助監督がノルマとして課している「3試合に1本打て」に近づきつつある。この”主役2人”を軸に、チーム本塁打も目下19本。

 「ホームランもそうだけど、先取点が犠飛、そして7、9回のダメ押しがタイムリーと、いい点の取り方をした。今年になって1番いい攻撃の形だった。今度こそ本物だ」王助監督は初めて会心の笑みを浮かべた。(真玉 寛文)