<コラム・無手勝流 村井満>

新型コロナウイルスの感染拡大により2月26日から中断していたJリーグは27日、J2再開とJ3開幕で再び時を刻み始める。ようやく迎えた節目の日に、村井満チェアマン(60)が昨年日刊スポーツで健筆を振るった人気コラム「無手勝流(むてかつりゅう)特別編」を寄稿した。スポーツ界で真っ先に公式戦を止める決断を下し、先頭に立って見えざる敵と戦ってきた村井チェアマン。約4カ月の日々を回顧し、今の率直な思いをつづった。

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「セレンディップの3人の王子たち」という物語が好きです。セレンディップ(現在のスリランカ)を旅する王子たちが、次々と大切なものを発見していく話です。「何かを探し続けていると、別の価値あるものが偶然出てくる」という意味の「セレンディピティ」の語源ともなるおとぎ話です。ノーベル賞をはじめとした自然科学の発見も多くが「セレンディピティ」によると言われています。

思えば、Jリーグが新型コロナウイルスに対して苦悩を重ねていた時に、野球界との共同対策チームの発足の話が舞い込んだのも、全選手にPCR検査の体制が構築できるようになったのもある意味、偶然の出会いがあったからなのです。

サッカーは消耗が激しく、身体の接触も多いスポーツです。免疫力が下がれば、感染のリスクも高まります。選手の立場からすれば、検査を済ませた者同士で試合をしたいと思うのもうなずけます。一方、国民への検査体制が行き渡らない中でスポーツ界だけが限られた検査キットを占有することは許されません。長期にわたって、大量の検査は無理だと思っていました。

しかし、5月22日の専門家との意見交換の場で初めて「事前検査が望ましい」という方針が示されました。唾液による検体採取など医療機関に負担をかけない新たな検査方法などが生まれてきたからです。Jリーグは1週間後の29日には再開日と再開方法を発表すると宣言していました。あと1週間で1回あたり3000人にも及ぶ検査手段が現れるとは思えません。検査なしでの再開・開幕に、クラブや選手会を説得できるか、思い悩んでいました。

発表を2日後に控えた27日の早朝でした。昔の職場の古い友人から、1通のメールをもらいました。今は大手の医療関係の会社に転職し、ウイルスの検査を専門にやっているとのことです。本人のメールは「可能性でもあれば協力しますよ」といった、のんきなものでした。私は間髪入れずその日の午前中に打ち合わせをし、翌日には専門家の意見を求め、29日は検査体制を決議し同日発表するに至ります。急転直下の展開です。まさに「セレンディピティ」を思わざるを得ません。

私のキャリアはある意味特異です。30年にわたって組織開発や人材開発に携わった者が、ある日突然Jリーグのチェアマンになる訳です。仕事柄、多くのキャリア論には触れてきましたが、スタンフォード大学のクランボルツ博士によって提唱された「計画された偶発性」という理論も考えざるをえません。「個人のキヤリアの8割近くは予想もしていなかった偶発的なことで決まる」というものです。「計画された」というのがポイントで、「こんな人生が送れたらいいなあ」というくらい大ざっぱな方向性があれば、あとは周囲に心を開いて、好奇心や冒険心をもって接し、何とかなるさと楽観的に、柔軟に構え続けていれば偶然の機会が飛び込んで来るというものです。

クランボルツ博士もセレンディップの王子も、似たようなところがあります。「窮すれば通ず」という言葉がありますが、自分の力でできることは限られます。偶然と周囲の力が頼りです。今日、Jリーグの再開・開幕を迎えるにあたり、人生の不思議さを考えさせられています。