<サッカー、あのときの一言~45>

Jリーグは6月27日のJ2再開とJ3開幕、7月4日のJ1再開を発表しました。約4カ月ぶりに迎えるその時を前に、日刊スポーツでは歴代のJリーグの選手、監督、関係者から生まれた言葉をピックアップ。あの日、あのときの印象的なシーンを振り返ります。

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90年ワールドカップ(W杯)イタリア大会得点王(7試合6得点)に輝いたチームメートの能力の高さ。当時ルーキーだった磐田MF名波浩は、独特の例えでこう表現した。

「オレはしょうゆとかツマ。刺し身はトト」

95年7月8日、清水との静岡ダービーで、トト(全能の意味)の愛称を持つ元イタリア代表FWサルバトーレ・スキラッチとの絶妙なコンビで決勝点を演出した。1-1の同点で迎えた後半38分、スキラッチからバックパスが届いた。タイミングを計りながらダイレクトの左足アウトでフワリとゴール前に浮かせた。相手DF3人のオフサイドラインをギリギリで突破したスキラッチは左足ダイレクトでゴール右に流し込んだ。

2人の2タッチで生まれたゴールは芸術的とも言えるテクニックで生まれた。試合後、アシストについて問われた名波は酒席の食事を例に出した。

「オレはしょうゆとかツマ。そう、刺し身のツマ。刺し身はトトだから」

95年のスキラッチは太ももなどの故障を抱えながら34試合31得点とハイペースでゴール。最後まで浦和FW福田正博と得点王争いを繰り広げられたのは、名波のパスが絡み、お膳立てされた得点も多かったからだ。その直後、名波は加茂周監督率いる日本代表に初選出。8月6日のコスタリカ戦で初先発し、前半44分に代表初ゴールもマークした。それ以降、磐田新加入時に「日本を代表する最初のレフティーになりたい」と掲げた目標通りの存在に成長。日本のW杯初出場となった98年フランス大会のピッチに立った。

「刺し身のツマ」という黒子に徹する姿勢が、名波という存在を際立たせた。チームメートのFW中山雅史、FW高原直泰が得点王に輝いた陰には、名波のパス演出があった。セリエAベネチアでもプレーし、日本代表の中心的存在となり、トルシエジャパンでは00年アジア杯制覇に貢献した。磐田の黄金時代を築き上げたレフティーの功績を振り返れば、08年の現役引退までツマではなく刺し身として日本サッカー界を盛り上げたと言っていい。