陸上棒高跳の松沢ジアン成治(28=新潟アルビレックスランニングクラブ)が、活動拠点を名古屋から新潟に移して“助走”を始めた。棒高跳の選手としては小粒な166センチの身長だが、技術で勝負する。クラブ所属7年目。来年7月に延期された東京オリンピック(五輪)へ、環境を移して挑戦する。

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スピードに乗った松沢の助走は、100メートル10秒8の走力が作り出す。高さのある選手が有利な競技だが、身長は166センチ。手に持つポールの長さもライバルたちより約30センチ短い4メートル90センチだ。そんな条件をカバーするのが技術力。使用するポールの持つ部分から越えるバーまでの長さ(抜き)1メートル20は、世界のトップ選手に引けを取らない。「やりすぎてケガをしないように気持ちをセーブしている」と話したが、助走練習にも自然と力が入った。

「もうひとつステップアップするために環境を変えた」と松沢は言う。母校・中京大(愛知県豊田市)で指導を受けながら練習を重ねてきた。独自の練習法に切り替えた18年の中京大記録会で自己ベストの5メートル60をマークしたが、さらに飛躍を期すため拠点を移した。5月18日に新潟入りし、2週間の自宅待機を経て、新天地で活動を開始した。「世話になっている新潟県にも貢献したい」。延期になっていた日本選手権はデンカビッグスワンスタジアム(新潟市)で10月の開催が決まっただけに、地元で行われるビッグ大会で貢献を狙う。

新型コロナウイルス感染拡大の影響を松沢も被っていた。母親の母国フィリピンで3月中旬から1カ月間行う予定だった個人合宿は中止になった。代替の合宿は予定の半分、2週間の香川合宿になった。3月の香川合宿から6月まで1度も跳べなかったが、技術力には自信を持っていた。「跳ぶ感覚に少しの誤差は出るが、すぐに修正できる」と話す。直近の大会予定はないだけに、長期展望に立った強化ができるのは強みだ。「東京(五輪)を見据えて、跳ぶ本数を重ねられる。今は土台作りに時間を取ることができる」。6月からは開志国際陸上部のコーチも兼任する。新しい環境で松沢の挑戦は始まった。【涌井幹雄】

◆松沢ジアン成治(まつざわ・じあん・なりはる)1992年(平4)1月6日生まれ、長野県出身。高遠高(長野)-中京大。棒高跳びは春富中2年から開始。中3で全中3位。高2でインターハイ優勝。高3で世界ユース代表。大学では2、3年時にインカレで連続4位。16年全日本実業団優勝。日本選手権は昨年16位(最高位は13、15年の4位)。自己ベストは5メートル60。166センチ、71キロ。血液型O。