巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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◆巨人8-5広島(1971年7月29日・広島)〔勝〕山内25試合5勝2敗3セーブ〔敗〕外木場22試合6勝6敗1セーブ〔本〕衣笠20号2ラン(倉田・7回)、長嶋25号2ラン(外木場・9回)

 プレーボールからわずか9球目。大石は悔しそうにマウンドの砂を蹴った。赤い残照のなかで、肩がとがっている。立ち上がりの2死、外角に大きなカーブを流してカウントを0-2としたあとだった。長嶋は続く3球目のスライダーを右中間フェンスにツーバウンドで当てた。王と連続の二塁打。負けん気をムキ出しにした感じの先制タイムリーだった。

 2日前、すでに48球を投げている大石は、やはり疲れていたのだろうか。2回にも柳田に右翼線を襲われ、上田の死球を挟んで堀内に打たれた。左中間の真ん中を割る二塁打で、今度は2点。巨人は4本の二塁打がすべて点に結びつく効率の良さだった。

 「ガンバラナクチャ」。コマーシャルの文句をつぶやいて先発した堀内は、これが中1日のマウンド。渡辺と高橋一に勝ち塁でピッタリ並ばれたあせりもあったのだろう。

 しかし、コントロールの悪さは相変わらずだ。2回には下位の水沼、興津を立て続けに歩かせて満塁にした。広島打線にストレートに的を絞られ、苦しまぎれに投げるカーブが決まらない。

 遊撃内野安打の水谷を二塁に、ストライク抜きで歩かせた山本一を一塁においた3回2死。山本浩にそのストレートを狙われた。鮮やかな右前への流し打ち。もし高田が三村のヒット性のライナーを横っ飛びに捕っていなかったら、堀内のキズはもっと深くなっていたかもしれない。

 5回はひと回り前のシーンをビデオテープで見るようだった。やはり3回と同じ無死から水谷に中前へと打たれたのが手始め。2死後、強烈な衣笠の一撃はジャンプする槌田の斜め左をかすめる三塁打となった。堀内は続く山本浩を、一転してカーブで攻めたが、それが裏目に出た。今度は中前へと転がる同点タイムリー。地元ファンのどよめきに、堀内はマウンドの上で声もなくうなだれた。

 6回2死から川上監督は代打攻撃をかけた。末次が左前へ抜いて二塁の槌田をかえすまで5分と時間をかけない。水谷の突っ込みすぎで三塁をとった末次も、ほとんど同じところへ飛んだ相羽のタイムリーでかえった。

 しかし広島は7回、あっという間にこの2点を取り返した。2番手の倉田が振り返るより早く、衣笠の同点2ランは左翼スタンドの人波を割っていた。

 時間切れ近い9回、今度は外木場が振り返る番だった。長嶋のバットがひらめき、左翼フェンスによじのぼった水谷が何もつかんでいないグローブを振り回した。2試合連続の25号。一塁には四球の王がいた。 このあと才所の犠飛で8点目をとり、巨人はやっと広島を振り切った。山内は5月23日の大洋戦以来、久しぶりに5勝目をあげた。(瀬古)