巨人が19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)に勝利し、球団通算6000勝を達成した。

 スポーツ報知では、「巨人6000勝の軌跡」と題して、1000勝から100勝ごとの節目勝利を、当時の記事で振り返る。

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◆巨人4-2大洋(1973年5月1日・後楽園)〔勝〕高橋一5試合4勝〔敗〕平松4試合3勝1敗〔本〕江藤4号2ラン(高橋一・9回)

 巨人の“新しいエース”高橋一が、大洋の無敗(3勝)のエース平松に投げ勝ち、5月攻勢をかける巨人に貴重な勝ち星をもたらした。1日、後楽園球場で行われた対大洋戦で平松と渡り合った高橋一は9回、江藤に2ランを浴びて完封こそ逃したが、今季4度目の完投勝ちで、開幕4連勝を飾った。堀内、高橋善に調子の出ない現在、まさに投手陣の救世主的存在である。

 よみうりランドでパパが“蒸発”した。長男の一幸君は必死に探した。おばあちゃんとママはそばにいてくれる。それなのに一緒に来たパパが突然いなくなった。名古屋から帰京した4月30日の午後2時過ぎ。久しぶりに遊べると思っていた一幸君は、大いに不満だった。

 高橋一はよみうりランドの遊園地に遊ぶ子供の目を盗んで、近くにある合宿に来ていた。何の前触れもなくやってきて「おい、誰かピッチングの相手をしてくれないか」。ユニホームに着替え、ルーキーの福島を相手に投げ始めた。「負けられるもんか」と沸き上がる闘争心が休日を返上してのただ1人の秘密練習になった。

 チームも一つ負け越している。相手は平松だ。3戦無敗同士。セ・リーグのエースはどっちだというファンの声が聞こえてくるようだ。

 パパが帰ってきたのは1時間たってからだ。子供に「明日に備えて100球近く投げてきた」と説明しても分かるまい。そこで次の日の買い物の約束ができた。この日の午前中、一家そろって近くのスーパーストアに出かけた。おもちゃコーナーにパパと息子。食料品売り場に和子夫人。

 ママはたくさん買い込んだ。高橋一が言わなくても、この日の先発は和子夫人に分かっていた。先発の日はボリュームのある昼食を作らなければならない。ゲーム直前に食べたら胃の消化にも悪く、ピッチングにも影響するだろう。完投できるスタミナを付けるのはこの昼食だった。マーボー豆腐に酢豚に豚肉とピーマンの細切り。中華料理で平松との対決に備え、家を出た。

 投げ合いは持久戦に入った。根気と粘りの勝負だった。6回を終えたところで打たれたヒットは共に4安打。「そりゃ苦しかった。でも、平松だってきっと疲れが出てくるはずだと頑張った。抑えていたら、きっとバックが点を取ってくれると思ったんです」

 投手とバックの相互信頼。「カズミが投げる時は負けられない」というナインの盛り上がりは「エース高橋一」のムードだ。自宅では一幸君がテレビに「フレ、フレ、カズミ」を連呼していた。

 プロ入り1000奪三振まであと11と迫ったこの日のマウンド。5回までに7つを取った。あと4つ。この大洋戦で飾ろうと思えば、できたかもしれない。しかし、その力投がスタミナをまた消耗するかもしれないのだ。後半は変化球を主体に切り替えた。「1000奪三振は次の試合のお楽しみ。まず勝つことなんですから」

 プロ入り通算100勝へのメドもついた。「背番号(21)だけ勝てば100勝なんですよ。でも、今年は無理かもしれませんね」と踏んでいた宮崎キャンプから、トントン拍子のオール完投4連勝に、今は「もしかしたらいけそうですよ」と変わってきた。

 プロ入り2年目、木戸スカウト(現2軍コーチ)の自宅を訪ね「僕はプロには通用しません。辞めさせてください」と泣いた出来事も、今は懐かしい思い出。1000奪三振と100勝は言わば一流投手の勲章だ。8回にダメ押しの2点が入った時、和子夫人は一幸君を寝かせるために、テレビの前を離れた。パパは今日も勝った―。(平田)