あのクリスティアーノ・ロナウドであっても、抑えるべき相手の1人にすぎない。

 ボローニャのDF冨安健洋は決意のこもった声で「はい」とはっきり肯定した。ロックダウン前、来るユベントス戦への抱負を尋ねたときのことだ。

 6月22日、セリエA再開後の初戦でボローニャは本拠地「ダッラーラ」にユベントスを迎え撃ち、0-2で敗れた。

 ただし、冨安もボローニャも甘んじて敗北を受け入れたわけではない。5位(6位はELプレーオフ)に与えられる来季のEL出場権獲得のため、彼らは残る11試合に懸けている。

 誰も経験したことのない“カルチョの夏”が始まった。

 ボローニャと冨安は、王者ユベントスに真っ向勝負を挑んだ。

 指定席である右サイドバックで先発した冨安の最重要タスクは、対面するロナウドをケアすることだった。

タッチライン際の攻防に思い出す内田。

 リーグ戦の再開に先立って行われたコッパ・イタリア準決勝と決勝の2試合で無得点に終わり、ナポリにタイトルを譲ったユーベは、厳しい批判に晒されていた。彼らは外野を黙らせるため、ボローニャ戦では何としてでもエースFWの得点で勝つ必要があった。

 試合序盤から必然的にボールの集まるロナウドに対し、冨安はどう対応したのか。

“トミ”のプレーには集中力が漲っていた。

 ユーベの7番がペナルティーエリアへと侵入してきた8分、パスの出どころを注意深く見極めていた冨安はすかさず距離を詰めて、シュートを阻止した。相手SBからクロスを放たれても、ロナウドへのコースを潰すことでシュート体勢をとらせない。

 20分にはボールを持ったロナウドと1対1で睨み合った。

 居合の達人のように、両腕の力を抜いて垂らす地上最強のストライカー。2mの距離で腰を落とし、牽制する冨安。高速フェイントを2度、3度と入れて左右へ揺さぶるロナウドに、冨安は食らいついた。

 タッチライン際の攻防を見ながら、僕はシャルケ時代の内田篤人が、当時R・マドリーの王様だったロナウドとCLでマッチアップした名場面を思い出していた。

ロナウドのPK、ディバラの超絶弾。

 クロスは許しても、狙いが外れて得点につながらなければ、それはマーカーの勝ちだ。

 しかし、再開に合わせて急造を余儀なくされたボローニャの最終ラインは、徐々に脆さを露わにした。

 左SBで出場したのは長期故障離脱から復帰したDFダイクスで、先発は実に9カ月ぶり。主戦センターバックのバーニは出場停止で、代役として先発したDFデンスウィルは相手のCKの際に不用意なPKを与えてしまった。

 23分、ロナウドがPKを正面に蹴り込んで先制する。王様が貫禄を取り戻したユーベは36分にも追加点を奪う。

 DFデリフトからの縦パスにFWベルナルデスキがヒールで合わせ、受けたFWディバラは流れるような2ステップを踏み、左足で叩き込んだ。GKブッフォンをはじめとするベンチ組を総立ちにさせるほどのビューティフル・ゴールだった。

「本当のことを言えば、今日はゲーム序盤の段階であまり調子が良くないと感じていた。ゴールはフェデ(リコ・ベルナルデスキのヒールアシスト)に感謝だ。たぶんボローニャの守備陣は僕らのワンツーを予測していたと思うんだけど、いいポジションが取れたから強いシュートが打てた。シーズンが再開して、すぐにトップコンディションへ持って行くのは難しい。自信が必要になってくる」

CR7対策に追われて攻撃は……。

 試合後、ディバラは自身の鮮烈なゴールを喜びつつ、スクデットレースへ厳しい表情を崩さなかった。新型コロナウイルス感染症患者として重症化も危惧された選手だけに、彼の復活はサッリ監督にとって大きな福音だろう。

 パフォーマンス不足で叩かれていたユーベが復調を図る相手として、ボローニャはある意味格好の相手だった。

 ひたすら守りを固めるでもなく、ダーティーな潰し合いを仕掛けてくるでもない。さりとてカウンター攻撃に特化するでもない。

 ボローニャの攻撃は、57分にベテランFWのパラシオを入れてやや活性化したが、彼らの得点源の1つだったFWオルソリーニによる右サイドからの攻撃は、CR7対策に追われる冨安のサポートが望めないことで厚みに欠けた。

 暑さもコンディション作りの難しさも双方にとって同じ。手探りの開幕戦に戦術的冒険もできず、ボローニャは正攻法でぶつかり、正面から敗れた。

「逃げのゲームはしなかったぞ」

「うちは逃げのゲームはしなかったぞ」

 闘将ミハイロビッチは試合後、ニヒルな笑いを浮かべながら潔く負けを認めた。

「(コッパ優勝を逃した)ユーベの士気が高いことはわかっていた。だが、うちも今できる全力を尽くしたし、選手たちはやるべきことをやってくれた。ただ、彼らには現役時代の私がそうだったように、自分よりも強い相手と当たるときにこそ、より力を出せるようなメンタルの強さを持って欲しいものだ」

 そんな指揮官の注文は1年前にベルギーからやってきた日本人SBには当てはまらない。

 冨安は、バロンドール5度の“生ける伝説”クリスティアーノ・ロナウドを前に、萎縮する素振りすら見せなかった。相手とボールとの間合いを計りながら体を入れ、次のプレーのためにハイスピードで頭をフル回転させ続けた。

「楽しみという感覚はない」

「(ロナウドとの対戦に)正直、楽しみという感覚はないんです」

 昨年10月、前半戦での対戦を直前の怪我で欠場した冨安にとって、今回のユーベ戦に懸ける思いは強いはずだった。地元メディアも今や完全にチームの主力に定着した“トミ”の口から「ロナウド」の名を何とか引き出そうと、さんざん腐心してきた。

 ただ、冨安に話を聞いたとき、そんな俗っぽい興味の外に彼の真意があることを知った。

「僕の評価を上げるためには、世界的に有名な選手との対戦でしっかりと自分のプレー、自分の価値を証明しなければならないと思っています。どれだけ他の(下位)チーム相手にうまくやれても、ビッグクラブと対戦したときに自分らしいプレーを見せられなかったら評価はそこまで。そういった意味でビッグクラブとの対戦に特別な思い、モチベーションがありますね」

 そう語る彼の顔つきは、“本物のプロ助っ人外国人選手”のそれだった。

最後までモンスターに屈しなかった。

“シックスパックのマッスル・モンスター”クリスティアーノ・ロナウドとマッチアップするDFは、まずスピードで振り切られ、ジャンプで競り負け、ぶつかり合いで弾き飛ばされ、フィジカルの圧倒的な差に打ちのめされる。時計の針が進み、疲れもたまった頃、なおも突進する化物ストライカーのゴールへの執念に心が折られる。

 確かにボローニャはPKによる得点は許したし、結果としてゲームには負けた。

 しかし、冨安は最後まで心も体もロナウドに屈しなかった。

 63分、攻守が入れ替わって右サイドを駆け上がった冨安は、背後から追走してきたロナウドに倒されながらCKを得ることに成功した。

 ゲームを流すことを良しとしないロナウドは、2点リードで残り5分を切っても、仲間たちへ「上がれ! 上がれ!」と檄を飛ばした。対する冨安は臆することなくタッチライン際の空中戦で、ハイボールをロナウドと競り合った。

 後半アディショナルタイムには2度のFKに合わせ、ユーベのゴールに迫った。98分にロッキ主審がタイムアップの笛を吹く直前まで、冨安は中盤でボール奪取に勤しんでいた。王者との大一番で、チーム1のタフネスと確かな技術を見せつけたのは冨安だった。

トミヤスって野郎、やるじゃねえか。

 試合翌日の『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙は、チーム最高評価に「CR7相手によく持ちこたえた。常に警戒を怠らず、高低のボールによく気を配った」という寸評を添えて、冨安の健闘を労った。

 ロナウドはセリエAでプレーするあらゆる選手にとってハイレベルすぎる基準点だ。ボローニャ戦を目撃した同業のDFやFWたちは“トミヤスって野郎、やるじゃねえか”と、これまで以上に一目置いたに違いない。

 再開幕前、闘将ミハイロビッチは中断期間中の選手たちのインタビュー記事すべてに目を通したという。彼はそこに好ましい共通点を見つけた。

 チームの目標が「セリエA残留」と言う者が1人としていなかったのだ。ボローニャの選手たちは皆が皆、一段上の高みを見ている。6月19日付『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙インタビューに応じた冨安も、「自分たちの目標はEL出場」と断言している。

 今後7月に佳境を迎える真夏のリーグ戦は選手や監督はもちろん、フロントから裏方に至るまで全員にとって初経験だ。優勝争いもCL、EL出場権も残留争いも、どう転ぶのか誰にもわからない。

 真夏の白昼夢のようなカンピオナートの再開。ひとつだけ言える確かなこと、それはロナウドと渡り合った冨安の残り試合から目が離せないということだろう。

(「セリエA ダイレクト・レポート」弓削高志 = 文)