阪神は巨人との開幕3連戦で3連敗スタート。不動の4番を期待されて新加入したジャスティン・ボーア内野手(32)は、3度の満塁機に凡退するなど12打数無安打で戦犯となった。3戦目からは6番に降格した助っ人は「バースの再来」として期待されながら最悪の船出。ランディ・バース入団時の1983年の阪神監督を務めた安藤統男氏(81)が当時を振り返りながら、ボーアとの違いを分析した。

 バースとボーアでは置かれた状況が全く違う。バースはオープン戦で死球を受けて左手首を骨折。開幕からベンチ入りしたが、まだ万全の状態ではなかった。チームは掛布に不動の4番を任せ、一塁は通算2000安打を達成(5月3日に記録)するまで藤田平を使うと決めていた。

 私は5年契約の監督1年目。バースも2年契約の1年目で、焦る必要は全くなかった。本人は開幕戦から試合に出場したがっていたが、左手首のこともあって「我慢しろ」と言い続けた。あまりにも出たがるので、開幕5試合目からは代打で使った。私自身、アメリカでのウインターミーティングに足を運んで獲得した期待の助っ人だった。無理して、故障させれば元も子もないと考えていた。

 バースはボーアと違って、三塁方向への右足の踏み込みがあったので左投手の外角も反対方向へ飛ばせた。だが、最大の長所は頭の良さ。獲得に際して、米球界関係者から「相手を知れば知るほど打つようになる。2年目、3年目と間違いなく成績が上がっていく」と聞いていた。スロースターターで、打球方向など詳細な調子のバロメーターも、球団の渉外担当から情報を得ていた。だから、私自身は開幕から15打席連続無安打でも、全く心配していなかった。

 矢野監督は果たして、性格面も含めてボーアの「情報」をどれぐらい持っているだろうか。開幕3戦目に4番から6番降格は、少し焦りが伝わる。外国人が成功するためには技術だけでなく、メンタル面のケアが大切。ボーアも最初は結果を気にせずにプレーする環境をつくった方がいい。実はバースは結構、やんちゃな男だった。ボーアにもストレス発散の方法があればいいのだが。

(83~84年阪神監督)

 ■バース1年目.288 35発 83打点

 1985年から2年連続3冠王に輝いた最強助っ人のバースも入団1年目の83年はデビューから15打席無安打。現在も球団の新助っ人野手のワースト記録で残る。4月を無安打で終えたが、開幕16打席目の5月4日の巨人戦(後楽園)で江川から代打で来日初安打をマーク。初本塁打はチームが後楽園での巨人3連戦に3連敗を喫した次戦の同7日のヤクルト戦(神宮)。梶間から右越えの来日1号を放った。そこから徐々に調子を上げ、1年目から打率2割8分8厘、35本塁打、83打点。メジャー通算92発のボーアもここから本領発揮なるか。