昨秋のラグビーW杯日本大会で日本代表の全5試合に出場し、初の8強入りに貢献したFB山中亮平(神戸製鋼)が21日までにスポーツ報知のインタビューに応じ、“ジョセフ・ジャパン再定着”を誓った。コロナ禍の緊急事態宣言が解除され、6月から神戸市内で自主トレーニングを本格化。「全然意識できない」と23年W杯フランス大会への思いは封印も、22日で32歳となったW杯戦士は「目の前の一年勝負」で、さらなる飛躍を期す。(取材・構成=田村 龍一)

 11、15年W杯代表は逃した山中だが、昨年はスーパーラグビーの日本チーム・サンウルブズや日本代表のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC、50)の下でサバイバルを勝ち抜き、自身初出場のW杯中に正FB定着。ロシア、アイルランド、サモア、スコットランドを破り8強入りした。

 「W杯は最高の時間だった。全試合に出たことが一番自信になった。課題もあるけどあの舞台でしっかりプレーでき、何よりいい仲間と共に戦っていて楽しかった。もし試合に出場できていなくても、一緒に勝利を喜べていたと思う。家族のようなチームだった」

 今年はコロナ禍で1月開幕のトップリーグ(TL)が6戦で打ち切り。自主トレも自粛していたが、現在は神鋼のグラウンドで連日ランニングメニューなどに取り組む。

 「チームの全体練習がないので、個人的なフィットネス向上に努めている。体力だったり筋力だったり、ベースを作っている。走る機会は4月から2か月間あまりなかったので、体力が落ちた分、いま上げている」

 18年TL優勝を共に味わった元ニュージーランド代表SOダン・カーター(DC、38)=現ブルーズ=が神鋼を退団。W杯優勝を経験する世界的司令塔から何を学んだのか。また、学生時代から務めてきたSOへの復帰願望はないのか。

 「DCから一番学んだのはメンタル。ミスしても表情ひとつ変えないし、それを忘れさせるプレーをする。負けている試合中に集まって話をする時も全然慌てていないし、『ああ大丈夫なんだ』とチーム全体に思わせる空気感があった。SO(復帰)は上(首脳陣)から言われれば断る理由はないが、自分から考えることはない。FBを1年半ほどやって、今は最もやりやすいポジションになっている」

 22日で32歳になった。W杯を終えて白紙に戻った代表争い、今後のラグビー人生について何を思うのか。

 「(年を重ね)レベルアップしたのは経験値。W杯などを経験し、試合中のプレーの波がなくなってきた。日本代表が目標というのは変わらない。23年W杯は全然意識できないけど、また代表に呼ばれたら結果を出して定着したい。若い選手もいて、競争もあると思う。まず神戸(製鋼)でしっかりしたプレーをしたい。まだまだやれると思う。DCが38歳で現役をやっているし、そこは目指したい。今までも目の前の一年勝負でやってきた。いつ(練習や試合が)再開されてもいいようにしっかり準備したい」

 スタンスは変わらない。「一年勝負」を何回か乗り越えたその先に、35歳で迎える23年W杯が見えてくる。

 ◆日本代表の現状 19年W杯後、23年末までの続投が決まったジェイミー・ジョセフHCが率いる。新型コロナウイルスの影響により、国内で予定されていた6月のウェールズ代表との1試合、7月のイングランド代表との2試合は中止に。今後の活動再開を見据え、50人ほどの大枠の代表候補がリストアップされている。

 ◆山中 亮平(やまなか・りょうへい)1988年6月22日、大阪市生まれ。32歳。真住中でラグビーを始め、東海大仰星高3年時にSOで花園優勝。早大1、2年時に全国大学選手権優勝。4年時の2010年5月、アラビアンガルフ戦で日本代表デビュー。11年、神戸製鋼入り。18年、FBに転向し、トップリーグと日本選手権優勝に貢献。19年W杯日本代表FB。通算18キャップ。188センチ、98キロ。利き足は左。家族は妻と2男1女。