サッカーはサッカー。そして、プレミアリーグはプレミアリーグ。6月17日に訪れた今季の再開は、イングランド庶民が抱いていた「戻って来た」との期待を裏切らなかった。

 100日ぶりのキックオフが実現したのは、0-0だったアストンビラ対シェフィールド・ユナイテッド戦。続くマンチェスター・シティ対アーセナルは3-0というスコアだった。

 再開初戦は、アストンビラがサプライズながらもトップ6候補のシェフィールド相手に、残留争いで必死のチームらしくホームで頑張り、2試合目は上位対決ながらマンCが対アーセナル7連勝となる順当勝ち。表面的には「相変わらず」のように思える。

 だが、仮にそうだったとしても、それが「安心できる」と理解されるのが、サッカーのある日常に飢えていた母国民の心境だ。

感染死亡者は200名超、人種差別デモも。

 英国内はプレミア再開の前々日から街中のショップも営業を始めていたが、依然としてコロナ禍の生活が続く。ソーシャル・ディスタンスを前提として、レストランやパブは最短でも7月初旬まで営業再開が許されていない。

 4万人台のウイルス感染死亡者には、再開前日の233名も新たに加わっていた。ロンドン市内中心部で行われた人種差別抗議デモで100名を超す逮捕者が出る暴動騒ぎが起こったのも、再開の4日前。悲しみと怒りが渦巻く異常な日常に戻ってきたプレミアは、有り難いほどに「いつもと同じ」だった。

『スカイ・スポーツ』の生中継2試合をテレビ観戦しながら、昼過ぎと夕刻キックオフの2試合を観る土曜日の気分になった国民も多かったに違いない。

 6月の英国は夜10時頃まで暗くならない。午後6時開始のビラ・パークでの1試合目はもちろん、午後8時過ぎに始まったエティハド・スタジアムでの2試合目も窓の外はまだ明るかった。

 西ロンドンにある自宅でテレビ中継を観る“テレワーク”を決め込んだ筆者は、番組が始まった午後4時半からソファに腰を下ろしてワクワクしていた。

 画面の向こうから、ビラ・パークでの入場前に流れる「ハイ・ホー・シルバー・ライニング」(ジェフ・ベックによる1960年代のヒット曲)が聞こえてくると、リズムに合わせて体が自然と動いてしまい、膝の上で寝ていた愛犬に嫌がられてしまった。早くも手に汗をかいていることがバレて、隣に座る妻には笑われた。

ゴール判定テクノロジーに不具合!?

 めげずに試合に集中すると、嬉しいことに選手たちは通常と変わりないように見えた。

 アストンビラのキーマンは、ゴールもアシストもチーム1位のジャック・グリーリッシュ。キャプテンマークも巻く10番は相手守備陣の主要ターゲットでもある。今季プレミアで最多の被ファウル数は、この日の90分間で127回から131回に増えた。

 リーグ再開前には、ウイルス感染のリスクからタックルを躊躇する選手が現れるのではとも言われたが、シェフィールドの選手たちはNHS(国民保健サービス)への感謝を示す青いハート型のマークが入ったユニホームを着ていても、前半から迷わずグリーリッシュにタックルを仕掛けていた。

 加えて、実際にはスコアレスドローに終わった再開初戦から、プレミアの魅力の1つであるドラマも提供された。幻に終わったシェフィールドの先制ゴールだ。理由は、ゴール判定テクノロジーのエラーという前代未聞のおまけ付きである。

 FKから放り込まれたクロスをキャッチしたGKエルヤン・ニーランは、ボールを抱えたまま最後はファーポストにいた味方に押し込まれる形でサイドネット内側に身をもたれる格好になった。ところが、偶然にも肝心のボールは混戦状態の中、判定システム用カメラ7台すべての死角となる位置にあった。

やっぱり凄まじいデブライネのパス。

 もちろん、今季開幕から毎週のように物議を醸していたVARに矛先が向いた。肉眼でも確認できたゴールだったのだから、ビデオ判定担当の審判が介入すべきということだ。

「あれがゴールと認められないなんて、ひどい」と妻が呆れれば、筆者も「そもそも主審がピッチサイドのモニター確認を奨励されていないからいけない」と嘆いた我が家を含め、VARが再び争点となるまでにキックオフから42分しか掛からなかった。

 2試合目では12分しか掛かっていない。ただし、こちらはケビン・デブライネのパスに舌を巻くまでの時間だ。

 得点に至らなかったものの、カウンターで自ら攻め上がってラヒーム・スターリングに送ったスルーパスは、約3カ月間の中断期間があっても、チーム練習再開から3週間しか経っていなくても、プレミアのトップクラスが持つクオリティは変わらないと実感させた。

 4年間で3度目のアシスト王を狙うマンCのチャンスメイカーは、前半終了間際に得意のアーリークロスでスターリングの先制点を間接的に演出し、後半早々にはPKをクールに決めるなど、すっかりお馴染みのマン・オブ・ザ・マッチとしての姿を披露した。

2失点に絡んだD・ルイスは……。

 2失点に絡んだダビド・ルイスも、た本人には気の毒だが「見慣れた姿」だった。9年半前、チェルシーの新CBとしてプレミア初登場した当時から変わらない、集中力の問題による致命的ミスだ。

 試合後、自らの意思でテレビカメラの前に立ち「すべて自分の責任だ」と認めたように、男気あるブラジル人を「好きな選手か?」と訊かれれば「イエス」と答える。しかし「プレミア級のDFか?」と問われると同じ答えは返せない。

 1失点目の場面は、先発したパブロ・マリの負傷で予想外にベンチを出た直後のこと。手前でバウンドしたデブライネのクロスが、雨に濡れたピッチで予想以上に速かったのだとしても、ボールが膝の上あたりに当たった守備は明らかな失策。そして敵にPKを与え、自身はレッドカードをもらった2失点目に繋がるファウルは、リヤド・マフレズに裏を取られたパニック以外の何物でもなかった。

 その後、マフレズと代わったフィル・フォデンが3点目を蹴り込んだ試合終了間際まで、マンCのチーム練習を見るような展開となった。厳密にいえばアーセナルが互角に渡り合えていたのは前半15分あたりまでだった。

唾を吐き捨てちゃいけないのに。

「プロジェクト・リスタート」が始動したばかりの時点では、中立スタジアムでの無観客試合の可能性が高く、ホーム・アドバンテージのない試合に反対する声も上がっていたが、7割近くボールを支配したマンCの優勢は、観衆がいなくても以前の通りだった。

 もちろん、空っぽのスタンドがそうであるように「以前とは違う」と感じさせられる部分がなかったわけではない。可能な限りソーシャル・ディスタンスを保つという配慮から、両軍がトンネル内で整列して入場を待つことは許されない。

 入場は、アウェイチームの次にホームチームと間隔を空けて行われる。試合が始まると、前後半にはドリンク・タイムが1回ずつ。唾を吐いたり手鼻をかんだり。得点後にチームメイトに抱きついて喜んだりする行為も禁じられている。

 もっとも、再開初日にはシェフィールドのFWオリバー・マクバーニーが、20分ほどで唾を吐き捨てていたのだが……。

テレビ中継では「観衆ノイズ」が。

 マンCでも、スターリングの2020年初ゴールとなる先制弾直後に、ベテランMFのダビド・シルバが肩を抱くようにして祝福していた。

 とはいえ、いずれも限りなく無意識に近い行動で、ソーシャル・ディスタンスの必要性を説く保健大臣でさえ、歩きながら同僚の肩をポンと叩いて議会に向かう姿が映されているのだから、ピッチ上でプレー中の選手が新ルールを守り切れなくても当面は適応努力中として大目に見るべきだろう。

 この日のシルバはデブライネと同じく「さすが」と思わせた1人だが、3カ月前まではあり得なかったテレビ中継の効果音に違和感を覚えさせた1人でもある。

  2つのチャンネルに分けた『スカイ・スポーツ』による中継は、一方が「観衆ノイズ」付き。たまにチャンネルを変えながら見てみたが、カウンターに転じた場面で「ウォーッ」と聞こえると、確かにそれっぽい。

 ドリブルも気のせいかより速く見える。だが、偽物は偽物。シルバが素早いビルドアップ中にデブライネにワンタッチで送った27分のパスに対して、生身のエティハド観衆であれば通り一遍の歓声ではなく、感嘆の溜息を漏らしていたはずだ。

 総体的には、効果音なしのチャンネルで観戦した時間の方が長かった。ひと月ほど前、一足先に再開されたブンデスリーガ中継の際にも感じたことだが、試合も後半に入ると、無観客の静けさより、プレーの見事さに意識がいくものだ。

過密日程による怪我の懸念は……。

 前半8分に足首を痛めたグラニト・ジャカに始まり、計3選手が怪我でピッチを降りたエティハドでの光景も、3カ月間のブランクを経た再開後を思わせたとは言える。

 マンCのCBエリック・ガルシアがGKエデルソンと正面衝突した事故によるものだが、ジョゼップ・グアルディオラ監督は短期間の調整だけで39日間に92試合を消化するリーグに、「多くの怪我人が出てしまいそうだ」との懸念を口にしていた。

 そのグアルディオラの口癖ではないが、実際に始まったからには「It is what it is(仕方のないことさ)」と、超過密日程を受け入れなければならない。

 控え選手が7人から9人に、交代枠が3枠から5枠に拡大された特別ルールを活用しながら、出来る限りのコンディション管理を図ってもらうしかない。なししろ再開を心待ちにしていたイングランド庶民にとっては、毎日のように押し寄せる試合も大歓迎なのだ。

犠牲者への黙祷と、片膝つき。

 この国の人々にとって、サッカーが本来あるべき存在として完全に戻ることは、家族や友人たちと試合に足を運び、その行き帰りにビールやワインのグラスを片手に、ファンの特権である勝手なサッカー談義を心ゆくまで楽しめる日が戻るまであり得はしない。

 だが、中断前に未消化だった2試合が行われた今季再開初日でさえ、たとえ計3時間ほどでも、心の痛むニュースが多い日常を忘れることができた。

 サッカーが「重要ではない物事の中で最も重要」と言われる所以を証明したことには、ゴールが認められていればCL出場権獲得も現実味を増したシェフィールドのファンも、ミケル・アルテタ新体制下での今年初黒星にして、トップ4復帰の現実味が薄れる力負けに気を落とすアーセナルのファンも同感のはずだ。

 しかも、忘れてはならない現実がないがしろにされたわけではない。

 キックオフを前に、新型コロナウイルスによる犠牲者に捧げられた黙祷は、アストンビラのディーン・スミス監督は父親を、マンCを率いるグアルディオラは母親を失った遺族でもあるだけに、尚更エモーショナルだった。

 続いて主審の笛がなると、ピッチ上の選手22名が一斉に片膝をピッチにつけて、人種差別撲滅への意思を表示した。

 彼らの背中には、ネームの代わりに「Black Lives Matter (黒人の命も大切だ)」の文字があり、審判員もベンチの面々も同じポーズで一致団結の構えを披露。階級社会の英国でも根深い問題に対するメッセージをパワフルに発していた。そして、続くポジティブな現実逃避の90分が繰り広げられた。

 プレミアよ、ウェルカム・バック!

(「プレミアリーグの時間」山中忍 = 文)