コロナ禍で多くのスポーツが影響を受けるなか、NumberWebでは、『Sports Graphic Number』の過去の記事から、「こんなときだからこそ読んで欲しい」と思う記事を特別公開します! 今回は、リオオリンピックの陸上男子4×100mリレーで銀メダルを勝ち取った4人の秘話をお届けします。100mのファイナリストも9秒台もいなかった彼らが、米国に競り勝ち世界で2着に入った--。底力を見せつけ日本中を熱狂させた魂のバトンパスをもう一度振り返ります(2016年8月26日発売/Number9月9日増刊号より)。

 予感は、前日からあった。

 8月18日の男子4×100mリレー予選2組目。日本チームは、5分前に中国が塗り替えたばかりのアジア記録を0秒14更新する37秒68を叩き出した。

 男子短距離リレー担当の土江寛裕コーチも、驚きを隠さなかった。

「37秒台は出ると思ったが、いきなり(37秒台)中盤とまでは考えていなかった。中国が先にアジア記録を出した時は『ヤバイ』と思ったが、それをさらに更新したのをみて彼らの能力の限りなさを感じた」

 選手たちの意識は土江コーチの思惑をも上回っていた。飯塚翔太は「37秒6を出せたのは嬉しいが、練習の出来からすれば可能性があるタイムだったので……」と語り、山縣亮太も、「37秒60くらいを出さないとメダルには届かないと思っていたので、そのタイムを目標にしていた」と話した。

 これまでの日本代表チームが何となく感じていた37秒台の壁。それは彼らにとってはすでに自分たちが9秒台を特別なものではなく「出さなければいけない記録」と意識するように、37秒台も「世界でメダルを獲るためには絶対に必要な記録」と考えていたのだ。日本陸連の伊東浩司強化副委員長もこう語る。

「かつてよリメンバー全体の走力があがっているのは事実。ここ数年故障者が出るなどでメンバーが揃わなかったが、37秒台は出て当然の記録になっているのだと思う」

全員が高い走力を持っていたから。

 選手たちの自信の根拠となっていたのは、今季の自分たちの走力向上の手応えだ。桐生祥秀は今季も自己ベストタイの10秒01を出し、山縣とケンブリッジ飛鳥、飯塚は自己新を出していて調子も良かった。

 さらに、バトンパス技術の向上もあった。以前のほぼ並んで受け渡しをするスタイルだったものを50~60cmの間隔を開けて行い、その利得距離を得ようとする、改良型アンダーハンドパスヘの取り組みも合宿で精度を高めていた。その結果、バトンを受け渡しするテイクオーバーゾーンに前後10mを加えた40m区間の受け渡しタイムは北京五輪の時に3秒75かかっていたが、今回は合宿では3秒6台を連発するまでになってい
た。それを可能にしたのは、全員が同等の高い走力を持っていたからだった。

 そんな4人に日本陸連の苅部俊二短距離部長が決勝へ向けて提案したのが、バトンを受ける側のスタート場所の目安とするマーク位置を延ばすことだった。予選で37秒台は出たが、バトンパスが少し詰まっていたからだ。苅部部長はこう説明する。

「ロンドン五輪も決勝は勝負しようと半足長延ばしたが、選手が延びたことを意識して思い切り出られず逆に詰まってしまった。だからミーティングでそれも説明して選手自身に決めさせ、2走と3走を4分の1廷ばして4走は2分の1と、今までに使ったことのない微妙な単位の修正を加えた」

世界を驚かせた、日本の疾走。

 選手もスタッフも攻めの意識を持って臨んだ19日の決勝。山縣は得意のスタートダッシュで飛び出し、1走としては世界トップクラスの10秒2台前半で走った。2走の飯塚は強豪揃いの中で多少巻き返されたが、3走の桐生が外側のレーンのふたりを抜く勢いのある走りをみせてトップの位置でつなぐと、ケンブリッジは「ボルトにバトンをぶつけてしまって少しバランスが崩れた」が、追い上げるアメリカを僅かに抑えてジャマイカに続く2位でゴールした。アメリカは失格となったが、先着した事実は世界歴代3位の37秒60の記録とともに世界を驚かすものだった。

「北京の銅の時は獲れるかどうかギリギリの状況で、選手たちは誰もメダルという言葉を口にできない異様な雰囲気だったが、今回は『やれる』という気持が先行していて緊張感もなかった。本当に狙って獲ったという感じのメダルだったと思う」と苅部部長は話す。山縣は「僕は手を伸ばすパスになったが飯塚さんはスピードを一切落とさなかった」という。桐生も「みんなの信頼関係が最高で、練習でもバトンミスはゼロ。それが強みです」と胸を張る。

自分たちを信じきった証のメダル。

 全員の間に「絶対に渡してくれる」「絶対に渡す」という信頼感があったからこそ、自分たちを信じきれていたのだ。

 だがこの結果はゴールではなくスタートでもある。「銀の次は金しかない」と、彼らは自ら高いハードルを掲げた。

 日本男子短距離の世界への長い挑戦の歴史に、もう1枚の新しいページを記す戦いへの決意だ。

(Sports Graphic Number 9/9特別増刊号 [アジア新で銀メダル]山縣亮太/飯塚翔太/桐生祥秀/ケンブリッジ飛鳥「歴史を変えた魂のバトンパス」より)

(「Sports Graphic Number More」折山淑美 = 文)