<サッカー、あのときの一言~38>

Jリーグは6月27日のJ2再開とJ3開幕、7月4日のJ1再開を発表しました。約4カ月ぶりに迎えるその時を前に、日刊スポーツでは歴代のJリーグの選手、監督、関係者から生まれた言葉をピックアップ。あの日、あのときの印象的なシーンを振り返ります。

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98年ワールドカップ(W杯)フランス大会。大会直前に、カズ(三浦知良)が日本代表メンバーから外れて大騒動となった。当時の岡田武史監督は「W杯は城をFWの軸として戦う」と話し、城への期待は一気に高まった。

「カズを外してまで攻撃の中心にしたんだから、カズの分までしっかりやれ」。カズの落選にサポーターは怒った。岡田監督はもちろん、怒りの矛先は城にまで向けられた。城は、3戦連続でスタメン出場したが無得点、さらにチームは3連敗の敗退。城は帰国した成田空港でペットボトルの水を掛けられるなど、敗退の象徴として屈辱を味わった。

帰国1カ月後に再開されたJリーグ。横浜マリノスFW城彰二は、再開初戦の7月25日、アウェーのベルマーレ平塚戦にフル出場して2得点をマークし、チームの4-1勝利をけん引した。試合後、移動バスの前で声を掛ける報道陣には見向きもせず、下を向いたままバスに乗り込んだ。

「多くのメディアがせっかくきてくれた。しっかり答えるべきだ。マスコミの向こうには多くのサポーターがいるんだぞ」と、広報担当者から説得された城は、素直にバスから下り、報道陣の質問に丁寧に答えた。やんちゃな性格で、メディアとの関係が極めて良好だった城だが、ここまでの1カ月は常に言葉数は少なかった。

取材には言葉を選びながら、丁寧に答えた。「パスがよかったです」など、ゴールシーンを控えめに振り返り、仲間を立てた。取材が最後に差し掛かった時だった。「W杯は大変だったね? これからはJリーグモードだね?」の問いに、「Jリーグでは、これくらいはできますよ」。控えめではあったが、いつものやんちゃな城に戻っていた。飾らない。常に本音を言おうとする。だからこそ批判の矢面に立つこともあるが、そこが城のいいところでもあった。