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 プロ、アマを問わず野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、高校時代に“城島2世”として将来を有望視され、高校生ドラフト1位でプロの世界へと飛び込んだ荒川雄太氏が登場。現在は埼玉西武ライオンズでブルペン捕手を務める荒川氏に、現役時代の話を含め、ブルペン捕手としての心構えなどを聞いてみた。

◾️想像もしていなかったドラフト1位指名

──荒川さんが野球を始められたきっかけ、またキャッチャーをやり始めたのはいつ頃からなのでしょうか?

荒川 きっかけは、小学生4年ぐらいのときに友達に誘われたことですね。キャッチャーをやるようになったのは、野球を始めてすぐだったと思います。理由は覚えていませんが、ほかのポジションをやりたいということも思わなかったので、続けてこられたのかなと(笑)。

──中学時代は日本代表にも選ばれていますが、自分もプロの世界でやれるかもしれないと、現実味が帯びてきたのはいつ頃でしたか?

荒川 高校に入ったぐらいからだと思います。学校にスカウトの方もこられていたので、もしかしたらっていう気持ちはありました。でも、2005年の高校生ドラフトで、(福岡ソフトバンクホークスに)1位で指名されるとは思ってもいませんでした。当時は、うれしい気持ちもありながら、本当のことなのかなっていう気持ちもありましたね。

──夢を見ているような感じになったんですね。

荒川 正直、何が起こっているのか、わからなかったんです。周りも祝福してくれたので、本当のことなんだろうとは思っていたんですけど、これからどうしたらいいのかなって、わけがわからなくなっていましたね。

◾️プロ入り後は自分のことで精一杯

──荒川さんがプロ入りされたとき、当時の正捕手だった城島健司さんが大リーグに行かれたタイミングだったこともあり、“城島2世”といったような報道もされていました。その点について、意識することはありましたか?

荒川 僕自身は何も気にしていなかったです。自分のことを一生懸命やるだけでしたから。でも、先輩たちは城島さんと一緒にプレーをしていた人ばかりなので、コーチの方も含めて、城島さんの練習へ取り組む姿勢だったり、考え方だったりを聞いて、練習の参考にさせてもらうことはありました。

──プロ入り後、衝撃を受けた投手などはいましたか?

荒川 プロ生活はずっと2軍でしたが、斉藤和巳さん、杉内(俊哉)さん、和田(毅)さんなどが、2軍で調整される時期に受けたことはありましたが、見た目以上にボールが速い。2軍のピッチャーを主に受けていた僕にとっては、やっぱり、エース級のピッチャーの球は質が違うなと。軽く投げているように見えるんですけど、コントロール、スピード、すべてにおいて「すごい」の一言でしたね。

◾️野球を続けさせてもらった球団への恩返し

──2010年にはホークスから戦力外となり、トライアウトを受けて埼玉西武ライオンズへの入団が決まりました。その時の心境はどのようなものでしたか?

荒川 1、2年で結果を出せなければ、現役を続けることは難しいだろうなという気持ちはもっていました。だから、2012年のオフにブルペン捕手の話をもらったときは、現役へのこだわりはなかったですね。

──移籍した時点で、一定の覚悟はもたれていたんですね。

荒川 フェニックスリーグから戻ってきて、球団から呼ばれたときは戦力外だなって思いましたから。でも、ブルペン捕手をやってくれと聞いたときは、一度戦力外になった自分を拾ってくれた球団への恩返しをしなきゃいけないという気持ちもありましたので、すぐに「お願いします」と返事をさせてもらいました。

<後編へ続く>
投手の動きをしっかり見ることが僕の役割<後編>【Baseball Job File vol.26】


▼プロフィール
荒川雄太(あらかわ・ゆうた)
1984年10月14日生まれ、東京都出身。
小学生から野球を始め中学生時代には日本代表にも選出され注目を集める。
日本大学高校進学後も、強肩強打の捕手として注目を集め、2005年の高校生ドラフトで福岡ソフトバンクホークスに1位で指名されてプロ入り。
プロでは1軍昇格が果たせぬまま2010年に戦力外となったが、同年オフのトライアウトで結果を出し埼玉西武ライオンズと契約。
2012年に現役を引退し、翌年からブルペン捕手として活躍している。

取材・文/松野友克