“Do the right thing!”

 白人警官に殺されたジョージ・フロイド(5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで46歳の有色人種男性フロイドは、食料品店で偽造紙幣を使用した疑いで複数の警官に取り押さえられ、そのうちのひとりに膝で首を約9分間にわたって圧し続けられ、窒息死した)の弟はアメリカ議会に、このような悲劇を繰り返さないために、「正しいことをしてほしい」と訴えた。

 1989年に公開されたスパイク・リー監督の映画のタイトルそのままの言葉は、有色人種だけでなく、より良い社会を望む人々すべてに共通する想いだ。

 組織的な人種差別撲滅や警察改革を求める抗議活動(Black Lives Matterムーブメント)は、スポーツ界にも広がっている。そして各競技団体は、選手たちが平和的に抗議する権利を制限した過去の過ちを認めはじめた。本稿では、フットボール界の動きを紹介したい。

NFLが国歌斉唱時のポリシーを覆した?

 6月5日、NFL(アメリカ・プロフットボールリーグ)のコミッショナー、ロジャー・グッデルはビデオで次のように声明を発した。

「我が国、特に我が国の黒人たちが困難な状況を迎えている。ジョージ・フロイドとその家族、そのほか警察の残忍な行為の犠牲になった人々に、お悔やみを申し上げる。

 我々NFLは、人種差別と黒人への組織的な迫害を非難する。我々NFLは、これまでにNFLの選手たちに耳を傾けなかった自分たちの過ちを認める。そして彼らに発言や平和的な抗議を促さなかったことにも。我々NFLは、黒人の命が尊いものと信じている」

 つまりNFLは、国歌斉唱時に起立して国旗に顔を向けるべきとするポリシー(ルールとは異なり強制力はない)を覆したと受け止められている。

キャパニックの時と大きく変わった対応。

 ただしこれは複数の黒人選手たちが、「もし自分がジョージ・フロイドだったら」とする抗議映像を公開した翌日に発せられたものだ。

 また同コミッショナーは、2016年にプレシーズンの試合前の国歌斉唱時に、初めて片膝をついて組織的な人種差別に抗議したコリン・キャパニック(当時サンフランシスコ・フォーティーナイナーズ。その後に放出され、現在は無所属)には触れていない。

 よって、NFLお得意のPRに過ぎないと見る向きもあり、リーグには言葉だけでなく行動も求められているが、キャパニックをサポートしなかった4年前と比べると大きな変化と言えるだろう。ちなみに、NFLの各クラブのオーナーはほとんどが白人だが、選手の大半は有色人種だ。

女子サッカーも、片膝を解禁。

 この動きにサッカー界も続いた。

 6月10日、USサッカー(アメリカ・サッカー協会)は、2017年に制定した同様のポリシーを覆すことを決定した。こちらは女子代表のミーガン・ラピノーがキャパニックを支持すべく片膝をついた後に施行されたものだが、「明らかに間違いだった」と協会は声明で認めている。

「我々は、この国で黒人やその他のマイノリティが経験している真実を理解するための努力を、十分に払ってこなかった。特に選手たちの声を聞くべきだった。人種差別撲滅を支持するすべての選手──特に黒人選手たち──、スタッフ、ファン、人々に謝罪したい。

 スポーツは善行のためのパワフルなプラットフォームだ。我々はそれを、然るべき効果的な形で使ってこなかった。我々にはこれらの明確な問題にもっとできることがあり、今後はそうしていく」

 アメリカ国外でも、フットボール界の抗議活動は顕著だ。

 事件が起こった日の週末、ドイツ・ブンデスリーガではボルシア・ドルトムントのイングランド代表ジェイドン・サンチョが得点後にシャツを脱ぎ、「ジョージ・フロイドに正義を」と書かれたアンダーシャツを披露(チームメイトのアクラフ・ハキミも同じメッセージを見せた)。

 また、ボルシアMGの元フランスU-21代表マルクス・テュラムはゴールを決めた後に片膝をつき、シャルケのアメリカ代表ウェストン・マッケニーは「ジョージに正義を」と書いた腕章を着用していた。

FIFAがサンチョに全面的な理解。

 サンチョの行為にはイエローカードが提示され、ドイツ・フットボール協会のライナー・コッホ副会長は「フットボールの試合そのものは、いかなる政治的な姿勢やメッセージからも離れたものであるべきだ」と話したが、FIFAは選手たちの行動と感情に「全面的な理解」を示し、各リーグに「状況を考慮し、現実的で思慮深く振舞うべきだ」と求めている。

 そして6月1日には、世界王者リバプールの選手たちがトレーニング中にセンターサークルを囲うように全員で片膝をついた写真を撮り、「団結こそ強さだ。#BlackLivesMatter」とメッセージを添えてSNSに掲載した。マンチェスター・ユナイテッドのポール・ポグバやマーカス・ラッシュフォードらも、同様の投稿をしている。

 政治的な姿勢は個人に委ねられるものかもしれないが、ひとりの人間として「正しいこと」は世界各地で示され続けている。

(「球体とリズム」井川洋一 = 文)