戦国時代、山陰地方で覇を唱えた武将、尼子経久は、「剛柔虚実」を信条としていた。剛とは柔の終わり、虚は実の本質と言える。すべてはつながり、表裏一体と言ったところか。勝負ごとに準えるなら、「負けは勝ちの始まり、吉は凶の源」となる。

「勝っているチームは、すでに負けが始まっている」

 スペインのサッカー界で、それは一つの定説である。

 勝ち続けたチームは、どうしても勝ち方を形式化していく。勝利を重ねると、そのパターンができるわけで、それは武器にも映るが、やがて形式そのものが独り歩きし、気付いた時には溌溂としていた強さを失っている。そして負け始めると、同じやり方をしているはずなのに、全く勝てなくなるのだ。

「同じことをしているはずなのに!」

 選手、監督は天を仰ぐのだが、そもそも同じことをしていては、勝てないのがサッカーという変幻のスポーツである。

 勝者は驕る。

 勝利のパターンを極めると、変幻さは失われる。形にすがるようになってしまう。サッカーは相手があるもので、形は見えやすく読みやすく、それがあだとなってしまう。自分たちの良さを引き出し、相手に最大限のダメージを与えるためにできた形なのに、形そのものにこだわってしまい、袋小路に入るのだ。

 必然的に敗者となる。

 しかしながら、敗北は必ずしも悪ではない。負けの中に、勝利につながる要素が必ずある。真摯に現状と向き合い、修正点をあぶりだし、あきらめずに戦えたら、チームは必ず改善する。そして勝利することによって、戦いの形を見つけ出せる。

 昨年12月に日本代表MF柴崎岳を擁するラ・リーガ2部のデポルティボの監督に就任したフェルナンド・バスケスは、この点でのメンタル面のマネジメントに優れている。

 負け続けたチームは自信を失っているものだが、そこから勝利を目指す時に生み出されるパワーを、とてもうまく操ることができる。言うまでもないが、自信を取り戻し、勝者となるきっかけをつかんだ集団は強い。敗者として屈辱を受けていた分、反発力もあるのだ。

 事実、バスケス監督はシーズン途中の就任直後から、最下位に沈んでいたデポルを連戦連勝に導き、一時は中位まで引き上げている。

 しかしながら本質的な変化を与えるのは、名将バスケスをもってしても、難しい。連勝している間も、今度は負けの要素が膨らんでいた。相手に戦い方を研究され、思い通りにいかなくなる。そして結果が出なくなれば、膨らんでいた自信は急速にしぼみ、プレーが再び劣化してしまったのだ。

 中断前の4試合で、デポルは2分け2敗で、スポルティング・ヒホン戦との再開初戦もスコアレスドロー。再び降格圏の19位に沈んでいる。残りは10試合。残留に向け(22チームの下位4チームが降格)、厳しい戦いを余儀なくされそうだ。

 サッカーは、虚実のスポーツである。勝ちの中に、負けはある。負けの中に、常に勝ちはある。

 形だけを求めて再現しても、勝利は望めないのだ。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。