コロナ禍で多くのスポーツが延期や中止されるなか、NumberWebでは、『Sports Graphic Number』の過去の記事のなかから、「こんなときだからこそ読んで欲しい」と思う記事を特別公開します!
 今回は「781号 メンタル・バイブル」(2011年6月23日発売)に掲載された『「誠」の心を読み解く8つの秘話。』。日本代表のキャプテン、そして現在もフランクフルトで頼られる彼の精神構造を、旧知の人々が語ってくれています。

<証言1 トランプに勝つためにミスチルを流し続ける(永田充)>

 長谷部は自他ともに認める大の「負けず嫌い」だ。それを物語るエピソードがある。

 今年1月、アジアカップの大会中、日本代表がカタールのホテルに滞在しているときのことだ。長谷部はユース日本代表でともにプレーし、高校時代からの親友である永田充の部屋に電話をかけた。

「トランプをやりたいから、買ってきてくれない?」

 永田は「オレはパシリじゃないぞ!」と思いつつもトランプを買ってくると、さらに注文が待っていた。

「ミツルの部屋に集まって、みんなでトランプをやろう」

 永田はキャプテンの理不尽な振舞いを、冗談まじりに訴えた。

「長谷部は天然なところがあって、自分の部屋はすごくきれいなのに、他人の部屋を汚すのは全然気にしないんですよね」

 集まったのは長谷部、永田に加えて、今野泰幸、森脇良太、柏木陽介。ベテランの遠藤保仁もときどき参加する。他の部屋からイスを持ち込んだが数が足りず、何人かはベッドに座らなければいけなかった。

 ここで長谷部は、自分が座る席に異常なこだわりを見せた。部屋にひとつだけあった高級ソファーを絶対に人に譲らなかったのだ。万全の状態で“勝負”に臨むために。

「長時間やっていると、ベッドに座っている人は腰が痛くなるんですよ。で、『席を替わろう』って言っても、長谷部は絶対に動こうとしませんから。あいつはいい椅子を好むんです(笑)」

 勝つための準備は、これだけではない。

「ミスチルがかかっていると自分は勝てる」と言い張り、ミスター・チルドレンのライブDVDをエンドレスで流し続けたのだ。

 永田は苦笑しながら振り返る。

「みんなミスチルは好きですけど、ライブバージョンなのでイェーイとか聞こえてくるのでトランプに集中できない。みんな『うぜぇ、うぜぇ』と、文句を言っても、それでもあいつは流し続ける。最後にはみんなでDVDを隠したくらいですからね」

 たかがトランプにも手を抜かない。ここまで負けず嫌いだと、ある意味、才能である。

<証言2 真面目キャラを逆に利用する(永田充)>

 もちろんトランプは運に左右される部分もある。もし負けが続きそうになったら、長谷部はどうするのか? 答えは簡単だ。途中で切り上げて、部屋に帰ってしまうのである。

 永田の“告発”は続く。

「負け始めると、長谷部はもっともらしいことを言って帰っちゃうんですよ。『シャワーをあびる時間だから』とか『家族から電話がある』とか真面目キャラを出して。みんなで『勝ち逃げだ!』と突っ込んでも、構わず部屋に戻っていきました」

「もっとしっかり走ろうぜ」

<証言3 チームメイトに本をプレゼントする(永田充)>

 とはいえ、ひとたび勝負事から離れれば、これほどまわりに気を遣える人もいないだろう。永田は長谷部のプライベートに興味を持ち、本人が嫌がるのを無視して何度もホテルの部屋に遊びに行った。

「室内の雰囲気がまさに海外組って感じで、オシャレなんですよね。パソコンから変圧器まで机の上に整然と並べられていて。お香にもこだわっていて、1人でいるときの空間をいかに気分よく過ごすかっていうのを考えていました」

 そうやって遊びに行ったあるとき、長谷部が突然、「これを読めよ」と本をプレゼントしてくれた。南アフリカW杯のときに長谷部が愛読して話題になった『超訳 ニーチェの言葉』だった。

 きっと長谷部は、自分の思いを本に託したのだろう。永田は練習のアップのとき、力を抜く傾向があった。長谷部はそれを見抜き、こうアドバイスした。

「アップのとき、もっとしっかり走ろうぜ」

 永田は自らの過ちに気がつき、以後、全力でアップをやるようになった。

「同年代のなかで、長谷部は間違いなくトップを走っている選手。だから発言にも説得力がある。大会中いっしょにすごして、サッカーに対する取り組みとか、すごく勉強になりました」

 プライベートはちょっと変だけど、心から尊敬できる同郷の親友。永田は長谷部のことをそう感じている。

<証言4 湯船につかりながら、サザンを流す(馬場憂太)>

 ここ1年の間に、長谷部の生活を垣間見たユース日本代表時代のチームメイトがもう1人いる。元FC東京の馬場憂太だ。昨年夏、馬場はプレーの場を求めてイタリアに渡った。それを知った長谷部が「うちを拠点にしろよ」と声をかけ、ヴォルフスブルクでの共同生活がスタートした。

 ある日、長谷部が湯船に浸かりながら、こんなリクエストをしてきた。

「ユウタ、パソコンで中島みゆきを流して!」

 他にはサザンオールスターズもお風呂での定番。とても20代とは思えない選曲だ。

 馬場は言う。

「マコちゃんは、古い歌を結構聴くんですよ。僕が東方神起とかをかけると、『自分は古き良き時代の男だ。年上の人が歌ってないと心に響かない』なんて言うんですよね」

 そういえばカズも、演歌を聴くことで有名だ。プライベートでも親交の深いこの2人には、意外に共通点が多いのかもしれない。

日本から人が来ても、日課は変えない。

<証言5 毎日、必ず昼寝をする(馬場憂太)>

 しばらくいっしょに暮らすと、馬場はあることに気がついた。

「マコちゃんは1日のスケジュールを細かく決めていて、そこに僕がいるだけなんだ」

 たとえば午後になると、長谷部は決まって昼寝をする。カーテンを閉めて、耳栓をして、アラームをセットして。

「耳栓は、携帯とかの音が聞こえないようにするためだそう。でも、アラームは聞こえると言うんですよね(笑)」

 日本から高校時代の友達が遊びに来ても、そのスケジュールは絶対に変えない。みんなで話していても、突然、「オレはもう昼寝の時間だから、あとは適当にやっていて」と寝室に入っていく。究極のマイペースだ。

 これは夕食についても同じで、自分のお腹が空いたら「食事に行こう」と言う。まわりが「まだお腹は空いてないよ」と言っても関係ない。

 馬場にとって、まさにプロの鑑だった。

「まさかこんなに徹底して生活しているとは思ってもみませんでした。今ちゃん(今野)から『マコはどんな感じ?』と訊かれたので説明すると、『そこまでやるのか』と絶句していました」

<証言6 親友のためなら代理人にもなる(馬場憂太)>

 ただし、ストイックに生活するだけの選手なら、他にもたくさんいるだろう。長谷部が本当にすごいのは、自分のリズムにこだわりながら、同時に人のために自分の時間を犠牲にできるということだ。

 所属チームがない馬場を助けるために、長谷部は代理人のトーマス・クロートと頻繁に連絡を取り、実質上の“代理人”になった。当時、自分自身もヴォルフスブルクでレギュラー争いの真っ只中だったのに。

 クロートの紹介でドイツ3部のヴィスバーデンに練習参加が決まると、長谷部は毎日のように電話をかけた。

 馬場は振り返る。

「マコちゃんがクロートさんに電話して、いろいろ聞いてくれるんです。『監督がプレーはすばらしいからもっと貪欲になれと言っている』とか。まるでマコちゃんが代理人をやってくれているような感じでした」

 結局、予算の関係で契約はまとまらず、馬場はこれ以上迷惑をかけられないと思い「そろそろ帰国するよ」と切り出した。すると、長谷部は語気を荒らげた。

「いや、ここにいろよ。本当に困ったときは助け合いだから」

 結局、馬場は約3カ月、長谷部の家にお世話になった。

「本当に感謝してもしきれない。僕は今年1月に日本に帰国したんですが、今でも電話をくれて、『どうなった?』と気にしてくれる。日本代表のチェコ戦(キリン杯)の前日にも電話をくれました。今はマコちゃんに復活したところを見せたいという思いでやっています」

 馬場はアジアを含めてプレーできる場所を探していくつもりだ。親友の気持ちに応えるために。

田中達也「冷たいヤツなんですよ(笑)」

<証言7 本音をなかなか見せない(田中達也)>

 かつて長谷部誠は「ライバルは誰か?」と訊かれると、必ずと言っていいほど、田中達也と答えていた。

 この2人はまるで兄弟のように仲がいいが、学年は田中の方が1つ上だ。長谷部は浦和に入団すると、田中のプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けて、ライバルとして認めあう特別な関係になった。長谷部が田中の子供を幼稚園に送り迎えするなど、家族ぐるみでつき合っている。

 ただ、そういう仲にもかかわらず、「長谷部はなかなか本音を見せない」と田中は冗談まじりに言う。

「あいつは弱いところをあまり人に見せない。よく本人に言うんですが、冷たいヤツなんですよ(笑)。ただ、そうやってみんなから一歩引いて見ているところが、代表のキャプテンをやるときに生きているんだと思います」

<証言8 悔しさが優しさにつながっている(松田義人)>

 6月12日、長谷部は地元の静岡県藤枝市でチャリティーイベントを開催した。

 サッカー教室や握手会を行なうとともに、会場では自著『心を整える。』の藤色カラーバージョンやメッセージ入りTシャツを販売した。

 この運営を手伝ったのが、藤枝東高校時代の同級生たちだ。サッカー部のチームメイトだった松田義人は、清水エスパルスの広報をしている経験を生かして、イベントの報道受付を担当した。

 松田は同級生が日本代表のキャプテンになったことに驚きつつも、その理由が少しわかるような気がしている。

「高校時代、僕たちのひとつ下の学年には成岡翔らスーパーな選手がそろっていて、常に注目されるのは彼らでした。年下の選手が試合に出ているのに自分は出られず、相当悔しかったと思います。でも、早い段階でそういう挫折を経験したことが、今の彼のやさしさにつながっているんじゃないでしょうか」

 チャリティーイベントは約8000人が訪れるという大規模なものだったにもかかわらず、アットホームな雰囲気に包まれていたのは、長谷部と同級生たちが心をひとつにして作り上げたからだろう。

 長谷部はただの真面目なキャプテンではない。ちょっと天然で、たまに勝負にこだわりすぎることもあるけれど、愛すべき不思議な魅力を持つ27歳だ。

(Number781号『「誠」の心を読み解く8つの秘話。』より)

(「Sports Graphic Number More」木崎伸也 = 文)