「サッカーダイジェストWeb」は、過去の名勝負を放送する「DAZN」の「Re-Live」で、川崎フロンターレの飛躍のシーズンとなった2006年の最終節・セレッソ大阪戦の解説を務めた伊藤宏樹氏にインタビューを実施。DFとしてプロキャリアの13年間を川崎一筋で過ごした“ミスターフロンターレ”に、現役時代に「衝撃を受けた選手」について日本人と外国籍、それぞれトップ3を挙げてもらった。

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【衝撃を受けた選手/外国籍編】
●1位:エメルソン(FW/元浦和、川崎など)
 エメルソンは2001年に僕が大学卒業して川崎に入団した時に、一緒に入ったんですけど、札幌から来て、Jリーグ2年目だったのかな。最初はまだ10代だと勘違いしていて、年下でこんなすごいやつがいるのかと思いましたね。本当に衝撃を受けて、練習とかでやっても、『うわ、これは無理だな』と最初に思わされた選手です。

 ただ、後に同級生だったことが判明するんです(笑)。『10代にしては筋力が半端じゃないなぁ、やばいところに入ってしまったな』と思っていたんですが。後に同級生だと分かって、そういうことかと。その後に浦和に行って、公式戦でも対戦するようになってからもやっぱりすごかったですね。僕もスピードには自信があったんですけど、すごく怖さを感じたというか、うまかったと思います。

●2位:ワシントン(FW/元浦和、東京V)
 大柄で、パワーと高さが明らかに桁違い。しかもテクニックもあって、ずる賢いというか、ペナルティーエリアの中でいきなり倒れたりとか、相手との駆け引きもうまくて、僕も1回か2回PKを取られました。当時の浦和はポンテとワシントンという最強コンビがいたし、ほかにも良い選手が揃っていた。浦和とやるときはいつも良い勝負になるんですよ。すごく特徴的な選手ばかりだったから、やっていて面白かったですね。

●3位:フッキ(FW/元川崎、東京Vなど)
 フッキも18歳のときからフロンターレに来ていて、なかなか試合には出れなかったんですけど、紅白戦とかで毎日練習で対戦していて、貪欲さというか、成り上がってやろうっていうの気持ちが本当に出まくっていた選手でした。練習ではいつも100パーセントできて、紅白戦で相手にするのが本当に嫌でしたね(笑)。18歳の身体じゃなかったし、これは日本人には敵わないなって思わされた選手ですね。

 札幌や東京Vで色んな成長をして、2008年に戻ってきたのかな。そのシーズンが始まって、2試合くらい経ったら彼のわがままで(ブラジルに)帰っちゃったんですよ(笑)。そこの成長しなさ具合にはまた衝撃を受けたというか、本当に迷惑をかけられた選手ですね。鄭大世とジュニーニョとフッキで3トップを組んでいて、もうどことやっても絶対勝てるぐらい、反則だなと思うような破壊力のあるチームになっていた。その期待を見事に裏切られたというか、そういう意味でも“衝撃”を受けました。

【衝撃を受けた選手/日本人編】
●1位:佐藤寿人(FW/千葉)
 特別なドリブルやパワーを持った選手ではないのですが、なぜかよく点を取られたなと。彼は身体も大きくはないですが、駆け引きで勝負するタイプで、スペースの使い方がうまかったですね。何点取られたのか分からないけど、J2の時から結構取られてると思うんですよね。彼がボールを持ったら逆に持たせようと思っていました。ボールをはたかれてゴールを決められる方が嫌だったから、そういうことを考えて駆け引きをしていたけど、なかなか気を抜けない相手ナンバーワンですね。

●2位:柳沢敦(FW/元鹿島、京都など)
 動き出しの速さが今までの自分の感覚にはない選手でした。動き出しのタイミングがうまくて、パスが出てこなくてもここでパスを出されてたらやられてたなっていう、負けたなっていうような感覚にさせられました。J2から昇格してJ1で対戦した当時、非常にレベル高いな、と思わされた感覚が残っています。

●3位:内田篤人(DF/鹿島)
 彼は右サイドバックで、僕も3バックの左とかでやっていたので、何度か対峙したことがありました。一番最初のマッチアップのときのプレーが印象的だったのですすが当時、18歳だから簡単にボール取れるなと思っていたら、股を抜かれたんですよ。“すごくなるよ”って(中村)憲剛と話をしていたのを覚えていますね。鹿島で18歳で試合に出てる時点ですごいんですけどね。元々のポテンシャルもすごかったんでしょうけど、その後に海外にわたり堂々とプレーしていましたから、改めてすごい選手だなと思います。

取材・文●手塚集斗(サッカーダイジェストWeb編集部)
協力●DAZN