6月20日、3カ月半ぶりにセリエAが再開する。

 再開決定の一報を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、サッスオーロのフランチェスコ・カプートの悲痛な眼差しと、彼が掲げた一枚の白い紙片だ。

 そこには、短いが明確なメッセージが書かれていた。

“ANDRA TUTTO BENE RESTATE A CASA.”
(きっとうまくいくから、頼むから、皆、家にいてくれ)

カプートの顔に満ちた悲壮感。

 3月9日の夜、COVID-19の爆発的感染が始まっていたイタリアで、カプートはゴールの喜びと引き換えに、国民へ新型コロナウイルスへの籠城抗戦を訴えた。

 TV中継カメラの前でメッセージを掲げる彼の姿は、コロナ禍に見舞われた今季セリエAのハイライトシーンの1つとして、長く記憶されるに違いない。

「あれは妻のアイデアだったんだ。この大変なときに何かできることはないかって」

 セリエA再開を前に、プロビンチャーレのベテランFWの言葉に耳を傾けてみたい。

 現時点における今季セリエA最後の試合は、3月9日にサッスオーロが3-0でブレシアを下した無観客カードだ。

 それは、サッスオーロが本拠地を置くエミリア・ロマーニャ州を含む北部イタリアで、新型コロナウイルス感染症が急速に拡大していた頃のこと。マペイ・スタジアムは非常時の重苦しい緊張感に包まれていた。

 前半45分、先制点をあげたカプートはベンチに駆け寄って、チームマネージャーから紙切れを受け取るや否やゴールを喜ぶことなど忘れ、中継カメラの前へ走った。

 畳まれていた紙片を広げると、目に見えない未曾有の敵からの自己防衛と家族の結束をじっと訴えた。

 そのとき伝えるべきことは、“家に留まれ。感染拡大を防げ”ということだけだった。使命感に突き動かされたカプートの顔は引きつり、悲壮感に満ちていた。

家族を楽しませるため、金髪に。

 それから数時間後、イタリア全土は政令により全国ロックダウンに突入。首相会見とともに新型コロナウイルスに対するイタリア国民の危機意識を一気に高めたのが、上記のカプートのメッセージだったと言える。

 自宅待機が続く間、リーグ戦再開の暁には是非ともカプートへ取材したいと考えていた。ただし、このご時世だから対面でのインタビューはご法度だ。

 そこで旧知のクラブ広報氏に連絡を取り、リモート・インタビューを申し込んだところ、「それは面白そうだから、クラブホームページの企画としてやらせてくれ。その代わり質問は受け付けるし、内容は自由に使っていいから」と返事がきたので快諾した。

 幾つかの質問案を送ると、外出禁止期間中に家族を楽しませるため、頭をわざと金髪に染めたカプートの自宅映像が返ってきた(以下、サッスオーロの了承を得て引用する)。

「命とは何か、自由とは何か」

――セリエA再開が決まりました。今の心境を教えてください。

「長い中断期間だった。新しい日程が決まって、長いトンネルの向こうにようやく小さな明かりが見えた気分だよ」

――外出禁止期間やスポーツ活動制限時期をどう過ごしましたか? その間、最も考えたことは何ですか?

「外出禁止生活の間、一番ショックだったのは(コロナ感染症による)遺体を入れた棺を軍のトラックがたくさん運び出しているTVニュースを見たときだ。あれを見て、自分たちの世界が今とんでもない事態になっていると嫌でも分からされたよ。この悲劇を子供たちにうまく説明できないことも辛かった」

「家族と一緒に過ごしながら、料理やお菓子作りに挑戦してみたよ。そして命とは何か、自由とは何か。家族愛とか犠牲という言葉の意味とか、いろいろなことを考えさせられた」

「かなりいけるという予感がある」

――現時点(6月初旬)での心身のコンディションはどうですか?

「俺に限らず選手たちは皆、外出禁止期間中も自宅でコンディションの維持に努めてきたはずだけど、やはり、家でできることには限りがある。グラウンドでの練習と同じというわけにはいかない。2カ月もの間、芝の上でボールを触れなかったのだから、感触をすぐ取り戻すのは難しい。リーグ戦が再開した後には、暑さと付き合いながら3日おきの試合ペースにいち早く慣れることが重要になってくるだろうな」

――再開に向けて、意気込みを。

「残り12試合はどれも簡単にいかないだろう。特にインテルとラツィオと当たる(27節と32節の)アウェー2試合は難しいカードになるだろうな。だが、置かれた条件は皆同じ、ゼロからのスタートだ。うちと当たれば、どこにも楽な試合はさせない。かなりいけるという予感があるんだ。やる気が溢れている。それは俺だけじゃなくてチームメイトたちも周りのスタッフも」

「最後のブレシア戦の後、世界中から反響がきて正直驚いたよ。それだけコロナの脅威に皆、感じるところがあるんだろう。あのメッセージを書いた紙はずっと大事にとっておくつもりだ」

大のビール党、脚光を浴びた昨季。

 そもそも僕がカプートに親近感を抱いたのは、エンポリに在籍していた昨シーズン中に地元紙のインタビューで、大のビール党であることを知ったときだ。

 ビール好きが高じて、南部プーリア州の出身地に友人たちとクラフトビール醸造所まで作ってしまった。金色の液体と白い泡に目がないが、コロナ禍による宅飲みではイマイチ調子が出ないらしい。

「ビールは仲間と飲むから美味いんだ」とは、苦労人FWの弁だ。

 今年8月で33歳になるカプートはキャリアのほとんどが2部暮らし。セリエAのフルシーズンを初めて戦った昨季、まさかの16ゴールをあげて脚光を浴びた。

 智将ロベルト・デゼルビに請われてサッスオーロに加入した今季もここまで13得点、イタリア代表監督ロベルト・マンチーニの興味も引くまでになった。

真夏のセリエA、やるしかないだろ?

 6月のイタリアは、すっかり夏の陽気だ。

 2020年の夏にはEUROもオリンピックもないけれど、“真夏のセリエA”という、例年にない楽しみができた。

「シーズン全試合をちゃんと戦って終わらせたい。そのためなら、今年はバカンスなんかいらない」と言うカプートへ最後の質問。

――再開後の目標は何ですか?

「それは中断前と同じ。年間20ゴール。達成できたら、ご褒美にずっと俺の憧れだった(アレッサンドロ・)デルピエーロから晩メシを奢ってもらうって約束なんだ。そんなの、やるしかないだろ?」

(「セリエA ダイレクト・レポート」弓削高志 = 文)