イビチャ・オシムはグラーツで静かに暮しながら、コロナ禍により静止した世界がどうなっていくのかをじっと見守っている。遠い日本にも常に思いを馳せながら。地理的な距離と心の距離、このふたつはオシムの中ではまったく異なっているのだった。オシムの近況を伝える。

――元気ですか。

「ああ、元気だ。君はどうだ?」

――私はまあまあというところです。

「そうだろう。日本が悪いはずがない」

――そうは言っても今はまだ状況は厳しいですが。

「いや、酷くはないしいい状態を保っている。私は日本という国を信じている。一緒に仕事をしたときなど、日本人は信頼するに値する。それでそちらはどうなっているのか?」

――今は少し良くなっていますが……。

「試合は始まっているのか?」

――それはまだです。

「私は韓国のリーグ戦を見た。崔龍洙が監督を務めているチーム(FCソウル)が勝っていた。久しぶりに彼の顔を見た」

崔龍洙は素晴らしい選手だった。

――韓国は再開しましたから。崔龍洙のことは、あなたもよく覚えているでしょう。

「ああ、彼は素晴らしいキャリアを築いた。ジェフもそうだし、日本の他のクラブでもそうだった。とても危険な存在で、屈強で本当に素晴らしかった。その力強さで、彼は相手を恐れさせた。ゲームの支配者であり、チームのすべてを手にしていた。監督があんな風ではちょっと問題があるが、選手である限りは素晴らしい」

――彼はあなたの下で多くを学んだと言っています。

「いったい何を学んだというのか。たとえ(当時のジェフが)学校だったとしても、彼が何かを学んだようには見えなかった」

――しかし今になって分かったことがたくさんあるようです。

「分かったときはもう遅いわけだ(笑)。選手のころの彼はそうではなかった。自分が正しいと常に考えていた。選手としての自分が正しいと。いいプレーが出来ず、得点がとれないときでもそうだった。PKを外したときはいつも言い訳していたな(笑)。

 ただ、チームにとってはポジティブだった。彼のように強いキャラクターの選手は必要であるからだ。現役を退いたあとで彼はいろいろ考えて慎み深くなったのだろう。ジェフにはチームを導く選手が必要だった。本物のキャプテンだ。チームだけではない。ときには監督さえも導ける人物だ。

 それで日本はどうだ。代表はどうしているのか?」

「私はフリーだ。君もわかるだろう」

――活動を停止しています。ワールドカップ予選も再開はしていません。

「こちらの問題もやはりコロナだ。ほとんどの国で試合が中断していてリーグ再開の目途が立っていない(5月末インタビュー時)。だが、ドイツは再開した。ドイツが始めれば、ヨーロッパでは多くの国が後を追うだろうから、全体の再開もそう遠くはないだろう。ドイツやイングランド、イタリアの動向には全ヨーロッパの注意が向けられている。彼らの判断が基準になっていく。ドイツが再開して大丈夫と判断したならば、それに従う国がどんどん出てくるだろう」

――悪いことではありません。

「その通り。イタリアやスペインがこれからどうするのか。彼らの動向を見た後に全体の流れが決まる。ようやく再開の兆しが現れた。EURO2020のプレーオフは、3月の試合がコロナによって延期になったままだ。できるだけ早く再開して欲しいと願っている。

 もし日本にレアル・マドリーのような優れたチームがあって監督を探していたら、私はフリーだ(笑)。君もわかるだろう」

――推薦します(笑)。

日本の優れた選手が活躍している。

「金は山分けしよう(笑)。仕事には事欠かないはずだが私には欠けている。働かないでいる時間が長すぎるのはあまりいい状態とは言えない。それで今はニュージーランドやベリーズ、香港、マカオといった小さな国々を調べている。まあ冗談だが、レアルよりもいい。

 興味はあるのに、そうした国からオファーがないのが残念だ。それらの国も多くを学んでいるのは間違いない。イタリア人やポルトガル人の監督たちがいい仕事をしているからだ。リーグもそれなりのレベルで、技術や戦術、フィジカルも悪くはない。新しいものを発見できるだろう。それは可能性に満ちた若い世代であったりする。

 今はそうした小さな国々の選手も少しずつヨーロッパに来るようになった。日本人がそうであるように。今、日本人はヨーロッパのどこにでもいる。南野(拓実)をはじめ、優れた選手たちがそれぞれのクラブで活躍している」

ジェフにとって最高の時代だった。

――しかしジェフは、あなたが去った後は悪い状況から脱することができず、今もJ2で苦しんでいます。

「どうしてだ。何が悪いのか? 監督は誰なのか?」

――今シーズンの初めから韓国人の監督(尹晶煥)が見ています。

「崔龍洙の代わりに別の韓国人が来ているわけか。自分たちよりも優れている人物であれば、頼るに値する。監督をどうするか、準備をどうやっていくかといった問題であり、ディシプリンの問題だ」

――ただ、あなたの時代がジェフにとって最高の時代だったのは誰の目にも明らかです。

「もし金だけが目当てだったら誰もジェフには来ない。金持ちクラブではないし、取り巻く環境も決していいとは言えない。それほど優れた選手がいるわけでもない。だから選手やスタッフの野心を高めていく以外にない。強い意志を喚起して、働く環境を整えていく。そのうえで集中的に仕事ができれば、それだけですでに素晴らしいことだ。

 またジェフには優れたジャーナリストがいて、常にチームを追いかけていた。それはまるでレアル・マドリーのようで、試合だけでなく練習もすべて見に来ていた」

期待の監督はかつての私の選手。

「日本は本当によくやっている。出来ることをすべてやっている。素晴らしいスタジアムを次々に建て、インフラもしっかりと整備した。今では日本は、どこに行っても素晴らしいスタジアムで素晴らしい試合を見ることができる。ピッチも素晴らしい。選手にとってはとても大事なことで、スペクタクルなプレーを実現できる。そうしたものに触れられる人生が君たちにはある。いい試合があればそれを見ることができる。

 皆さんにくれぐれもよろしく伝えてくれ。君もそうだ。健康には十分に気を使って。次に君が来たときにはぜひレストランに行こう。そしていい試合を幾つか一緒に見よう。

 オーストリアもリーグのレベルが上がっている。ワールドカップ予選突破の可能性も高い。スタジアムにも多くのサポーターが駆けつけている。チームは若返った。監督を務めるのはかつての私の選手だ」

――フランコ・フォーダですね。

「彼はチームを100%若返らせた。以前の選手たちはもう誰もいない。20歳過ぎの若い選手たちが完全に主力になった。サッカーにとって悪いことではない。サッカーはより速く、より素晴らしくなっている。観客の数も増えている」

「そして大いに話し合おう」

「オーストリアはスウェーデンとの試合を控えている。たしかポーランド戦もある(いずれもコロナ禍により延期中)。素晴らしい試合になるのは間違いない。勇気を与えられるような試合だ。サラエボでもボスニア・ヘルツェゴビナ代表の決定的な試合(北アイルランドとのEURO2020プレーオフ。勝てば本大会出場権を賭けてスロバキア対アイルランド戦の勝者と対戦)がある。今はフライブルク対ブレーメン戦を見ている。ブレーメンが1-0でリードしている。素晴らしい得点だった。

 今度君が来るときにはソービニョンを飲みながら美味しい肉を食べよう。そして大いに話し合おう。それまで、君はいつもと同じようにこれからもしっかり食事をとってくれ(笑)」

――ちゃんと食べています。ときに食べ過ぎますが(笑)。

「あるギリシャの哲学者はこういった。眠るべきだと思ったときに眠り、食べたいと思ったときに食べるべきだと。すべては自然の赴くままに従えばよい。眠るにせよ食べるにせよそのときどきの欲求に従う。ときにそれは過ぎたることもあるが、自然の声には耳を傾けるべきだ。健康を維持するためには必要なことだ。

 電話をしてくれてありがとう。サリュ、モンビュウ」

――メルシー、イバン。

(「ワインとシエスタとフットボールと」田村修一 = 文)