<本田圭佑の言葉~(6)>

日本代表として3大会連続でワールドカップ(W杯)に出場したFW本田圭佑(33=ボタフォゴ)は、強烈なリーダーシップを発揮しながら世界の頂点を目指してきました。日刊スポーツでは密着取材を続けてきた元番記者が「本田の名言 トップ10」を独断と偏見で選出。その発言の背景を振り返ります。第6回は5位。移籍が破談になった翌日、本紙の独占取材で漏らした言葉です。

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「屁でもない」-

2012年1月。CSKAモスクワに所属していた本田に、イタリア・セリエAのラツィオから正式オファーが届いた。その頃、前年9月に手術した右膝の治療とリハビリのため、彼はバルセロナに滞在していた。毎日、病院の前で朝から張り込みが続いた。

交渉は欧州の移籍市場が閉まる最終日までもつれた。当時は冬の移籍の目玉として注目され、締め切り日の1月31日には、ラツィオがバルセロナの空港にチャーター機を用意。今すぐにでも本田はローマに到着すると報じられていた。しかし、あの夜、1400万ユーロ(当時レートで約14億円)といわれた移籍金の支払い方法を巡り、土壇場で交渉が決裂。本田がローマに姿を見せることはなかった。

丸1日、ローマの空港で張り込んだ記者は、徒労に終わった。

最終便でバルセロナへ戻り、本田をつかまえたのは翌朝だった。

病院の地下室。彼は吹っ切れたような表情で、こう話した。

「もうオレ自身の気持ちは切り替わっているんでね。ウインドーが閉まった昨日の夜、ラツィオの話がなくなった時点で、これからやるべきことは明確になったわけやから。今はCSKAの選手として、自分を向上させることしか頭にはない。今回、移籍が破談になったことなんで、オレにとっては屁でもない」

当時まだ25歳。10年W杯南アフリカ大会で日本を16強へ導き、続く14年ブラジル大会では世界の頂点に立つことを公言していた。

「オレはこういう世界に生きているわけやから。移籍のウインドー(締め切り)の残り1時間まで、何が起きるか分からないような世界。今回はラツィオの移籍がなかったと思うだけ。逆に言えば、これでオレの可能性は広がったとも考えられるから。今後、もっと素晴らしい未来があるかも知れない」

この発言から2年後。本田は、ACミランへと移ることになる。(つづく)