マルセイユで和食レストランを経営する日本人シェフと、オランピック・ド・マルセイユの日本代表DF酒井宏樹が、力を合わせて新型コロナウイルスと最前線で戦う医療関係者を支援していたことがわかり、ちょっとした話題になっている。

 シェフの名は上村一平(うえむら いっぺい)さん。目の前に真っ青な地中海が広がり、隣にはマルセイユの名所「ヴァロン・デ・ゾッフ」まで見える絶景の地で、「レストランTabi」を営んでいる。

 美食の国フランスの飲食店にはランクがあるが、上村さんのお店は「レストラン・ガストロノミック(美食レストラン)」という最高カテゴリーに属し、格付けで世界的に有名な「ミシュラン」が検食にくるほどハイクオリティーを誇るレストランだ。

 だがそんなレストランにも、新型コロナウィルスCovid-19が容赦なく襲いかかった。

 コロナ死亡者数が急増していた3月中旬、フランス政府が全てのカフェ・レストランの営業停止を発表したからだ。患者を救うために働く医療関係者や、最低限の生活を保つ職種を除いて、全国民が「コンフィンヌモン(閉じこもり)」に突入することになったのである。理由は明快で、「まずは命優先」。そしてフットボールの2019-20シーズンも中止になった。

 衝撃だった。「突然の発表から2日間は、もう、ものすごく落ち込んだんですよ。ローンもありますしね。もう駄目だ。どうしようって…」と上村さんは振り返る。

 だが、人命を救うために24時間態勢で働いている最前線の医療関係者たちが、満足な食事もとれず、頼みの綱だった病院食堂さえ閉まったという事実を知り、ハッとした。「僕も何かしなくちゃ!」と。

 上村さんは、レストラン経営者でつくるアソシエーション「グルメディテラネ」(グルメとメディテラネ=地中海をかけた命名)の幹部を務めている。「90人も会員がいるんですよ。力を合わせれば何かできるはずだ!」 と思って必死に考えた結果、決断した。

「閉店中でも料理はできる。自分にできるのは料理しかない。医療現場に食事を届けよう!」

 こうして上村さんが発起人になり、毎日400~900食を無償で病院や医療施設に届ける運動が始まった。最前線の「戦場」では、悠長に食事をする時間も場所もない。そこで、立ったまま食べられるように工夫もし、それでいて前菜&メイン&デザートを揃え、栄養バランスに考慮した。疲れきった医療現場の人々にも、食事の瞬間だけは笑顔が戻るようになった。

 そんな上村さんを心配しながら見守っていた人間がいた。酒井宏樹だった。最初は上村さんがウィルスに感染するのを恐れていた。だがある日、こう言い出した。「僕も何かしたい。医療現場に寄付をしたいんです」。そして2万ユーロ(4月のレートで約240万円)の小切手を切った。「でも、どこの誰に寄付すればいいのか…」

 上村さんはその小切手を、マルセイユの大学病院や公的医療機関の連合体である「AP-HM」に大切に届けた。医療関係者たちにまた笑顔が弾けた。

 だが、困難も立ちはだかった。全てがストップしたなかで無償の食事提供運動をするのは、けっして容易ではない。90人の有志が日替わりで必死に料理するのだが、食材をタダで提供してくれるスーパー探しや市場あさりに奔走しなければならなかった。

「最初は賞味期限ぎりぎりの品を提供してもらったりしていたんですが、だんだん自腹で買う人も出てきて」と上村さんは語る。皆が閉店中で、通常収入がない中での努力だった。


 そんな上村さんたちの困難を見近に見ていた酒井がまた動いた。また小切手を取り出すと、今度は1万ユーロ(同約120万円)を切ったのだ。さらに、日本代表DFはワクチン研究で世界的に有名なパスツール研究所にも2万ユーロを寄付、合計5万ユーロを支援した。

 上村さんは言う。

「酒井さんは頭がよくて、すごく謙虚で、ちゃんと物事を理解して行動するんですよ。今回も、僕はメディアに言うつもりさえなかった。でも酒井さんは、『いや、メディアにも書いてもらった方がいいですよ。それを読んだ人たちが、自分も何かしようと後に続くかもしれないんですから』と言ってくれて。なるほどなあ、と思いました。酒井さんは、自分のことだけじゃなく、後続のことも考えている人なんです」

 こうして「シェフ上村一平×日本代表・酒井宏樹」の話題は、地元医療関係者から地元メディアへと広がり、さらには全国週刊誌『LE MAGAZINE L’EQUIPE』にも取り上げられた。「竈(かまど)を離れた包丁名人と、ピッチを奪われた戦士」「2人のサムライ」――。そんな表現もあった。私のしつこい質問にも、開店準備に追われるなか、上村さんはたっぷり時間をかけて答えてくれた。

 だがいったい、上村さんと酒井はどう出会ったのだろう。しかもなぜそれほど親しくなったのだろうか。そこには人間くさくて素敵なストーリーがあった。

後編へ続く

取材・文●結城麻里
text byMarie YUUKI