新型コロナウイルスの影響でJリーグの中断が続く中、様々な選手がこの期間を使って自ら情報発信を始めるようになった。

 クラブやメディアを通した発信ではなく、自分たちで直接サポーターに声や言葉を届ける。ひと昔前なら考えられなかったことだが、SNSの進化によって情報発信の方法が変化し、ブログやYouTube、ライブ配信など、様々なコンテンツを用いて自分たちのリアルな“今”をお茶の間に届けている。

 川崎フロンターレに所属するエース・ストライカーの小林悠も、この期間に自ら情報を発信するようになった1人だ。クラブとしての活動自粛が続き、なかなかサッカー選手としての日常を送れない中、自分に何ができるかを考えるようになった。

「サッカー選手からサッカーを取り上げたら、本当に何もなくなってしまうと思いました。息子に『パパ何してるの?』と言われるほどです(笑)。それにサポーターの中には、サッカーのある生活から離れ過ぎてつまらないという人もいる。みんなの前でプレーを見せることができず、サッカー選手としての価値が無くなっている今、少しでも価値を見出すために自分から発信するように心掛けています」

 始めたのは文章や写真、イラスト、音楽、映像などの作品を投稿できるプラットフォーム「note」を使って、自身の生い立ちや学生時代に考えていたことなどを赤裸々に告白すること。世間が沈みかけている時期だからこそ、サッカー選手としてサポーターを楽しませること、そして自分を改めて知ってもらうきっかけ作りをしている。

母の笑顔が最大の活力だった。

 何せ小林の子供時代は苦難の連続だった。

 幼少期に両親が離婚。小さい頃は1歳上の兄と共に母子家庭で育った。小学校時代の何よりの楽しみは、サッカーをする自分を応援にきた母親の前でゴールを奪うこと。「お母さんが喜んでくれる姿を見られるのがすごく嬉しかった」と振り返るように、母親を喜ばせることが最大の活力だった。

 また、小学生の時は関東選抜や東京選抜に選ばれて将来を嘱望されていたが、中学校になると身体の成長で遅れをとって大挫折。何度もサッカーをやめようと考えたことがあったと言う。

卒業文集では「サッカー」に触れず。

 中学校時代の卒業文集に、その苦悩が見て取れた。小さい頃からサッカーに没頭していた少年ならば、さぞプロ選手への夢を綴っていると思われたが、書かれていたのは合唱コンクールの指揮者としてクラスをまとめたこと。サッカーの「サ」の字も触れられていなかったのには、確かな理由がある。

「小学校の時はサッカーで少し有名でしたけど、中学の時が一番、何もなかったのを覚えています。川崎フロンターレと湘南ベルマーレのユースのセレクションに落ちたこともあって、サッカーのことを書ける状況ではなかった。プロになることも頭に無かったし、それに『プロサッカー選手になりたい』と書いて周りから無理だと思われるのも嫌でした。それを気にしていたのを覚えています」

 当時を振り返り「どんなことを書いていたかなと思って見てみたら、そんなこと書いていたのかと。あの時のことを思い出して笑っちゃいました」と笑顔で答える小林に、改めて疑問を投げかけてみた。

「なぜそれでもサッカーを辞めなかったのか」と。

 その答えには、やはり家族への思いがあふれていた。

言い訳は全部自分に返ってくる。

「サッカーをするには遠征費やサッカー用具など、すごくお金がかかります。その時は再婚していましたけど、小さい時から母子家庭で散々お金がないときにも続けさせてもらっていたのに、ここで辞めてしまったら申し訳ないなと。自分がもしお金持ちだったら普通に辞めていたかもしれません。でも、小学校の時にプロになりたいと思ったのは、母が1人で俺と兄貴を育ててくれて、そんな母に楽をさせてあげたいと思ったから。だから辞められなかったですね」

 苦しい時代を経て、高校、そして大学と進学していく中、小林はプロへの思いをどんどん強くしていった。周りに流されたりしてもおかしくない状況下で、自分にベクトルを向け続けてこられたのは家族の支えがあってのこと。

「言い訳する要素はいろいろあったけど、そこは全部自分に返ってくると思っていた。周りどうこうではなく自分に集中していた」

 だからこそ、プロへの道を切り開けたのである。

相次ぐ中止「かなりきついと思う」

 そして年を重ね、今度は自分が親となり、この新型コロナウイルスの情勢下において様々な思いを巡らせている。2人の息子と過ごす時間が増え「子供の成長を見られているのはすごく楽しい」と話した一方で、世間の学生たちにとって目標だった大会がなくなったり、なかなかプレーできなかったりしている状況を「かなりきついと思う」と憂いている。

「もし自分が3年生だったら『なんで俺の年なんだよ』と思うでしょうね。どうしてもネガティブな方向に行きかねない。インターハイで考えれば3年生だと最後の夏の大会。大学にも直接関わってくるし、いろいろな思いがあると思います」

 そういったことを踏まえた上で、学生時代に様々な経験をした小林は、1人の親として、1人のサッカー選手として自身の思いを表現した。その言葉には、常に自分自身に矢印を向け続けてきたからこそ言える重みがあった。

矢印を自分に向けること。

「厳しいことを言うと、条件はみんな一緒なわけです。この後の大会がどうなるかわかりませんが、この時期に踏ん張って前向きにやっていた選手が多いチームが優勝すると思います。いまの状況を負けた時の言い訳にしてほしくない。いまを言い訳にせず、どれだけ自分に矢印を向けられるか。

 本当に頑張っていてもサッカー選手になれるかはわからない。だけど、この時期をどう乗り越えるかで、社会人になっても自分の成長や経験としてつなげられる。逆に考えたら自分のレベルアップにもつながるかもしれない。ここでもうひと頑張り、ふた頑張りできるようになれば、そこからまた強くなる自分を見つけられると思います」

親はどう向き合えばいいのか。

 気持ちひとつで大きな差が生まれる。それは子供だけでなく、家族としてもそうではないか。親としてのアプローチの大切さを、小林は改めて深く考えている。

「自分が学生を持つ親ならば『みんな一緒の状況で、お前だけそんなネガティブでいいの? 周りの中には自分に矢印を向けて成長している子もいるんじゃない』と話すと思います。ネガティブな思考でいいことは絶対にない。そう気づかせてあげられるくらいは助言をしてあげたいですね」
 
 自身の子育てに関しては、普段から優しく接し過ぎているようで「自分の時のようなハングリー精神がない」と笑った小林。ただ、「いい子に育っているから、このまま育ってほしい」と語る表情には、父親としての温かさが漂っていた。

 ウイルスとの戦いは、アスリートにとって自分との戦いでもある。

 そんな思いを胸に、小林もまた7月4日に決まったリーグ再開に向けて自分に矢印を向けながら歩を進めていく。

(「JリーグPRESS」林遼平 = 文)