5月28日にクラブの公式You Tubeチャンネルでライブ配信が緊急開催された。同番組には事前にシークレットゲスト2名の参加が告知されており、チャットのリプレイ欄にはゲストを予想する多くのコメントが見られた。

「あまじゅんかな!」「あまじゅん復帰?」「天野と小池」「天野!」「天野くん。」「じゅん」「天純」「あまじゆーーーーーーん!」

 番組MCを務めるクラブ公式応援DJのじゅんご氏が「みなさん、勘がいいな」とポツリ。大方の予想通り、シークレットゲストは新加入選手で、ベルギー2部のロケレンから天野純のレンタル復帰と小池龍太の完全移籍が“電撃発表”された。

 ゲストの一人目として天野が紹介されると、“おかえり!”のコメントが連発される。昨夏に「昔からの夢であった海外への挑戦。海外で自分がどれぐらいのし上がれるのかチャレンジしたい」とベルギーに旅立った男が、愛すべき古巣に帰還した。

「まさかこのタイミングでF・マリノスに帰ってくるとは思わなかった」と、ある意味、志半ばで戻ってきた形で、その胸中は複雑かもしれないが、“アマジュン”はすでに気持ちを切り替えて、トリコロールでの再出発に胸を弾ませている。

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――5月28日にレンタル復帰が正式発表され、6月1日にチームの全体練習が再開しました。現在の心境は?
「なんだろうな……家に帰ってきた感じですね。新鮮というか、ホント、家に帰ってきたみたいで、落ち着きます」

――去年の夏にベルギー2部のロケレンへの期限付き移籍を決断。当時はどんなイメージを描いてヨーロッパの舞台にチャレンジしましたか?
「ロケレンからステップアップして、次の年には1部のクラブでプレーする、と。ただ、移籍当初はあまり上手くいかなかったですね。向こうに行ってみないと分からない部分がたくさんあって、そこのギャップはありました」

――具体的には?
「2部だったし、普通にできるかなと思っていましたが、自分が想像していた以上にレベルが高くて、ちょっと驚きました」


――ただ、ベンチ外だった開幕戦以降は、ほぼスタメンで起用されていましたし、すぐにアジャストできたのでは?
「試合には出ていましたけど、思うように自分のプレーを出せなくて。(横浜とロケレンの)サッカーの違いが大きかったけど、でもそんな言い訳も言っていられないし。しっかりアジャストするまでに4か月ぐらいかかりましたね。F・マリノスとは真逆のサッカーというか、とにかく前に放り込む形がけっこう多くて。自分の頭の上をボールが通過していくし、しかも、その頃は右とか左とかサイドのポジションをやっていたから、なおさら自分のところにボールが入ってこない。守備一辺倒になる試合もありましたし、そういうなかで自分の良さをどう出すかというところで、難しさを感じていました」

――そうした状況はどうやって改善されていった?
「年末を越えたぐらいかな。監督が代わって、真ん中のポジションで使われることが多くなって、それからはだいぶ良くなっていった印象があります。このまま行けば、もっと上のレベルを目指せるという手応えも掴めました」

――もっとも、自身の調子が上がっていく一方で、ロケレンは財政難が明るみに。
「年が明けて、1月ぐらいですかね、そういう情報をちゃんと把握したのは。12月分から給料も振り込まれなくなっていて。でも、すぐに新しい投資家の方が見つかるだろうと思っていたし、その時はそこまで危機感はありませんでした。さすがに大丈夫だろうって」

――冬の移籍市場では、何人かの主力も抜けたとか。
「たしかに、何人かの主力選手が抜けて、そういう面でも資金的に苦しいんだろうなとは思いました。でも、監督が代わって試合の内容も安定し始めたので、このままやっていけば問題ないという感じでした」

――クラブの財政難や給料の未払いなど、ピッチ外の様々な問題でプレーに集中できないかと思っていましたが、そういうわけでもなかった?
「ただ、練習のボイコットとかもあったので、さすがにこれはヤバいとは思いました。降格争いをしているなかで、試合前日や2日前ぐらいまで練習しないんで。それで試合に臨むのはキツかったですけど、それでも自分の中では、試合は次のステップに向けたアピールの場にもなりますし、モチベーションは落ちなかった」


――ちなみに、その頃の現地での新型コロナウイルスの脅威は?
「スーパーとか規制され始めたり、日々の生活も自粛に動き出してはいましたけど、そこまでではなかったと思います」

――差別的な言動を受けたりとかは?
「ありましたね。2月ぐらいかな、用があってアントワープに行った時、町を歩いていたら、そういう発言をされました」

――どちらかと言えば負けん気の強い性格だし、言い返したりしたのでは?
「まあ、当時アジア人はそういう目で見られてもしょうがないかなと思ったし、自分の感情をグッと抑え込んだので、大丈夫でした(笑)」

――コロナ禍によって3月にリーグが中断。その時点で次の選択肢は?
「とりあえず一時的に避難するために、3月の下旬に帰国しました。ただ、ロケレンが財政破綻せずに復活して、給料も支払われるようになれば、そのままロケレンにいるというか、夏のタイミングで1部のクラブに移籍しよう、と。自分に興味を持ってくれるクラブもあると聞いていたので」

――しかし、ロケレンの状況は不透明なままで、コロナ禍でヨーロッパ全体のサッカー界も停滞……。
「ロケレンがどうなるか分からないし、移籍先を探すとしても、他のクラブもコロナウイルスの影響で財政的な不安を抱えて動きが鈍い。先が読めない状況が続くのは、サッカー選手としてさすがにメンタル的に厳しかった。仮に夏まで待って、結局オファーが来ないというのが最悪のシチュエーションだという考えもありました」

――それなら、この時点で横浜に復帰しようと?
「だから、こういう難しいタイミングで迎え入れてくれたF・マリノスには、本当に感謝の気持ちしかありません」

後編に続く

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

【PHOTO】F・マリノスが全体練習を再開。選手たちは溌剌とプレー!