吉岡雅和の特長をひと言で表わすならば、攻撃のオールラウンダーだろう。抜群の運動量、確かな技術を活かした仕掛けや突破、途中出場でもすんなりとゲームに溶け込む適応力……と魅力は多い。チームにひとりいると助かり、監督から重宝されるタイプだ。

 昨季はキャリアハイとなるリーグ戦30試合・4得点、ルヴァンカップ8試合・4得点、天皇杯5試合・1得点を記録した。そんな吉岡が1年前まで、チームで最も戦力外に近かったと誰が思うだろう。

「もうあとがない。最底辺からのスタートだと思っています」

 昨季の開幕前、吉岡は自身の置かれた状況をそう語った。18年シーズンはJ1で出番を得られず、夏に富山へ半年間の期限付き移籍したものの、J3でもリーグ戦出場は3試合のみ。当時、長崎の強化部は、翌年も別チームへのレンタルを検討していたが、条件の合うチームが見つからず、止むなく復帰を決めた。

 同じくJ3に期限付き移籍していた同期の畑潤基が、レンタル先の沼津でチーム最多の8ゴールを決めて復帰を勝ち取ったのとはあまりにも対照的だ。「畑は結果を出して復帰したが、お前は結果を出せなかった。覚悟を持ってやらないと駄目だ」とも言われたという。19年シーズンの開幕前時点での吉岡は、限りなく戦力外に近かった。

 吉岡の能力に問題があったのではない。「ボールを止めるなどコントロールする技術は凄い。落ち着いている時はチームでも一番上手いと思う。でもそうじゃない時は全然ダメ」。吉岡と仲の良かった島田譲(現・新潟)が指摘したとおり、課題はメンタル面だった。

 気分屋だとか消極的だったわけではない。生来の素直さの代償とでも言うべきか、吉岡は周囲の影響を受けやすいところがあり、それがプレー面に露骨なほど現われてしまっていたのだ。メンタルが整っていないと判断の遅れやミスが目立ち、一度プレーが乱れれば、容易に立て直すことができない。その精神的な甘さこそが大成を阻んでいた。

 転機となったのが手倉森監督らとの出会いだ。手倉森監督のポジティブな言葉をかけていく指導スタイルは、吉岡に落ち着きを与えた。気持ちにゆとりが生まれた吉岡はすぐさま本領を発揮し始めたのだ。

 事前の情報以上の実力に驚いた手倉森監督は、積極的にこのアタッカーを起用し、吉岡も指揮官の起用に応える好循環が生まれた。

 また崖っぷちと自覚していた吉岡は亀川諒史らの影響を受け、コンディション管理に気を使うようになる。これも好影響をもたらした。

 これまでなら甘さが出るような時も危機感が支えとなり、1年前に戦力外に近かった選手は、押しも押されもしないレギュラーとなっていったのである。

 連戦が待つ今季の戦いで、吉岡には昨年以上の活躍が求められる。昨年同様ターンオーバーが敷かれる中でもフル稼働が求められるかもしれない。長崎に復帰した時の危機感を忘れなければ、昨年並み、もしくはそれ以上の活躍ができるはずだ。それが達成された時、吉岡はレギュラーからエースへの階段を昇るに違いない。

取材・文●藤原裕久(フリーライター)