特別養護老人ホームで働きながら、Jリーガー復帰を目指す男がいる。

 沼大希、23歳。

 関東サッカーリーグ1部VONDS市原に所属するフォワード。中盤、前線いくつものポジションをこなせる器用なタイプだ。

 昨年、本田圭佑の事務所が経営に参画していたオーストリア2部のSVホルン(経営参画は2018-19年シーズン限りで撤退)で半年間プレーし、10試合5ゴールという結果を残しながらも契約延長に至らなかった。

 帰国後は登録期間の問題もあって所属先が決まらず、半年間の浪人生活を経てオファーが届いたVONDSに今シーズン、加入したという経緯だ。

 VONDSはJリーグ百年構想クラブとして承認され、近い将来のJリーグ参入を目指す。川崎フロンターレや柏レイソル、ベガルタ仙台などで活躍し、試合後にサポーターと一体となって盛り上がる「岡山劇場」で知られる岡山一成が今季から監督に就任した。

特養は介護レベルの高い人が入所する。

 沼は元々、京都サンガのアカデミー出身。ここまで「プロ」としてやってきたものの、カテゴリーを地域リーグまで落とすとなるとサッカーだけでメシを食ってはいけない。

 クラブのトップスポンサーを務める医療法人社団「緑祐会」と同系列のグループが経営する「グリーンホーム」で介護の仕事をしながら、7月に予定される開幕に向けて準備を続けている。

「クラブから特養での仕事を紹介してもらいましたけど、介護の経験もないので事務仕事だなと思っていたんです。そうしたら、介護の仕事だと言われて驚きました。2月から働き始めて最初の1週間は、精神的にもかなりきつかったですね」

 特養は介護レベルの高い人が入所するため、認知症を患っている方や体の不自由な方が多い。「会話が通じないこと」「おむつ交換に抵抗があること」など業務におけるストレスは溜まっていく一方だった。

「目が死んでいるよ。大丈夫なの?」

 チームに加入した沼は、それでも介護の仕事とサッカーの両立を図っていかなければならない。練習は大体、朝9時半から始まり、紅白戦の日以外は11時には終わる。全員が何らかの仕事をしているため、その時間には終わっておかなければならないためだ。沼を含め、介護の仕事をしている選手は13人いる。

 沼は練習施設に隣接している「グリーンホーム」で昼食を取って、午後1時から7時まで介護の仕事をこなす。仕事の時間が近づいてくると憂鬱で仕方がなかった。

 ある日、一緒に働いているスタッフにこう言われたという。

「目が死んでいるよ。大丈夫なの?」

 精神的に限界が近づいていた。これ以上続けるのは無理だと感じ、違う仕事に変えてもらおうと心に決めた。業務が終わってちょうどチームに相談しようとしたとき、偶然にも介護業務の主任から呼び止められた。

 ちょっと話をしませんか、と。

「そんなに背負い込む必要はないですよ」

「自分を追い込みすぎているように感じる。そんなに背負い込む必要はないですよ」

 ずっとサッカー1本でやってきたため、日々働くことは実質初めて。慣れないなりに精一杯やろうとはしていた。確かに、どこか自分を追い込んでいるところがあったのかもしれない。

「あなたは介護をするために市原に来たわけではないですから」

 気持ちがスーッと楽になっていくのを感じた。自分のペースでやっていけばいいんだと思うことができた。そうだ、自分はサッカーをするために、ここにいるんだ、と。

 介護で頭がいっぱいになっていた思考をチェンジした。

「仕事がきつい分、あらためてサッカーって楽しいんやなって思えました。その前に、半年間プレーできていなかったというのもありますけど。ただ、主任に言葉をもらって仕事に対する意欲もわいてきました。きょうも頑張ってみようかって」

「ひと皮、ふた皮もむけるんじゃないか」

 週5日から週4日の業務に変えてもらったことも大きかった。チームのオフ日を仕事のオフ日と合わせることができ、気持ちをリフレッシュする時間をつくれた。うまく両立でき始めると、日々の充実を感じ取ることができるようになる。

 サッカーをやれる喜びが、仕事への前向きな姿勢につながる。

 仕事を頑張ろうとする意欲が、サッカーへの真摯な姿勢につながる。

 あるとき、京都のアカデミーの先輩で、親交のあるJ3福島ユナイテッドの田村亮介がこう言葉をかけてくれたという。

「介護の仕事に対する世間のイメージは大変っていうのがある。それを経験できるのは素晴らしいこと。介護の仕事をこなしながらサッカーで結果を出していければ、人間としてひと皮、ふた皮もむけるんじゃないか」

 心にガツンと響いた。ひと皮もふた皮もむくことができる大きなチャンスだと思えた。

沼は期待のホープだった。

 沼は期待のホープだった。

 アカデミーから昇格1年目、初出場初ゴールが決勝点となって注目を集めたものの、6試合1得に終わった。2年目はJ3ガイナーレ鳥取に武者修行に出て30試合4得点。そして翌年、京都に戻って爆発を誓ったものの、5試合の出場にとどまった。

 伸び悩んだ理由は「充実度」にあったのかもしれない。

「午前の練習が終わったら、次の日まで時間があるじゃないですか。その後は一日中ダラダラとしていました。なんなら後悔しています。今は昼に仕事があるので、充実を感じることができています」

 入所者との距離感もつかめるようになった。自分なりにこの仕事のやり甲斐を感じるようにもなった。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって関東サッカーリーグ開幕の延期が決まり、チームの全体練習も中止となった。一方で介護の仕事はやらなければならない。施設の介護スタッフも少人数で回すことになったが、手が足りなくなって急きょ仕事に入ることもあった。

「サッカーがなかった分、熱量を仕事のほうに」

 ボールを蹴れず、仕事だけならまたストレスも出てくるのでは?

 そう尋ねると、彼は首を横に振った。

「サッカーをできないつらさはなかったですよ。仕事があるんでダラダラすることもない(笑)。逆にサッカーがなかった分、熱量を仕事のほうにより向けられたところもあります」

 千葉県も緊急事態宣言が解除され、少人数のグループに分かれての練習も始まった。これまでも自宅でのトレーニングやランニングなど、できることはやってきたつもり。日々の充実を保ち、7月の開幕を視野に入れてコンディションを高めていくつもりだ。

 ホルンではサッカー選手として「ひと皮」むける段階にまできていた。球際で随分と強くなり、カウンター志向のチームのなかで裏に抜け出して得点するパターンが確立された。

「日本ではチャンスをもらったときに、爪痕を残せなかった。その教訓があったので、ホルンで初めてチャンスをもらったときに、自分で凄いプレッシャーを掛けた。ここで結果を出せなかったら次はない、と。その試合で2点取ることができたら、周囲の評価や対応も変わっていったんです」

 当初は契約延長の方向をクラブから伝えられていたが、首脳陣の交代もあって強化の方針が変わって非更新となった。

 ただ己の手応えとしてはサッカーの「充実期」に入ったと自覚している。カテゴリーを落としての日本での再挑戦となったが、「逆にハングリーな気持ちを高められている」と話す。

「サッカーだけでメシを食っていけるように」

 沼は決意をあらたにする。

「やっぱり自分の仕事はサッカー選手。サッカーだけでメシを食っていけるようにならなきゃいけない。

 このチームと一緒にJリーグまで上がっていくことも魅力だろうし、ここでの活躍を評価してくれるJリーグのクラブに行くことも魅力。そのためには、まずここでしっかり結果を残さなきゃいけないと思っています」

 サッカーと介護の両立は、人間的な成長を呼び込むため己に課せられた使命。

 ひと皮もふた皮もむけて、プロサッカー選手として輝くために。

 彼はきょうもグリーンホームに足を運ぶ。「さあ頑張ろう」という熱量を持って--。

(「サムライブルーの原材料」二宮寿朗 = 文)