競泳の東京五輪代表、瀬戸大也の新たなコーチに、浦瑠一朗氏が就任することが報じられ、注目を集めている。

 瀬戸は今年4月、小学生の頃から指導を受けてきた梅原孝之コーチのもとを離れた。延期になったとはいえ、オリンピックを1年後に控えたこの時期に関係を解消したこと、そしてどのような態勢となるのか、注目されていた。

 それへの答えとなった形だが、驚くべきは本格的な指導経験を持たない浦氏を選んだことだ。

 浦氏は瀬戸と埼玉栄高校時代の同級生で、瀬戸と同じくスイミングクラブ「JSS毛呂山」出身。日本選手権に出場した経験も持つ。

 筑波大学を卒業後、金融機関に就職。働きながら泳いできたが、現在は退職している。そして今回の就任の報だ。

東京五輪に向け、周到に逆算してきた。

 瀬戸と長いつきあいがあるとはいえ、指導歴を考えれば、異例と捉える向きがあるのも無理はないだろう。

 ただ、ひたすら異例のこととばかりも言えない。

 背景にあるのは、やはり、東京五輪延期だ。

 瀬戸にとっては、2020年に迎える集大成の舞台であり、リオデジャネイロ五輪(400m個人メドレー銅メダル)で届かなかった金メダルを手にすることだけを胸に抱き、進んできた。

 周到に逆算し、その時期その時期で必要なトレーニングに励み、強化を図ってきた。

 その成果が昨年の世界選手権での、2大会ぶり3度目の400m個人メドレー優勝、200m個人メドレー初優勝、200mバタフライ銀メダルという成績として表れた。1大会での個人種目3つのメダルは日本初、世界選手権計4つの金メダルもまた日本初であった。

「違ったアプローチの方が、覚悟を持って挑戦できる」

 だが、目指してきた“山”が動いた。緻密に準備を重ねてきて、結果でそれを示していたから、失意は大きかった。

「覚悟を持って東京オリンピックに向けてトレーニングや調整をしてきたからこそ前向きな発言ができませんでした。延期が決まった時は喪失感で抜け殻になりました」

 心境を明かしている。

 そこから脱け出すために、瀬戸は決断した。1つが梅原コーチから離れることだった。

 今日までの足取りを見れば、梅原コーチの指導のたしかさは感じられる。

 それよりも瀬戸を行動に移させたのは、「違ったアプローチの方が、覚悟を持って挑戦できる」という思いだった。再起するためのアプローチだった。

 そして、浦氏と歩むことになったが、浦氏のキャリアを考えれば、先に記したように、異例ともとれる。

1年後輩をコーチに迎えた。

 そんな瀬戸の決断を見て、思い起こす選手がいる。体操の内村航平だ。

 内村はリオデジャネイロ五輪が終わったあと、佐藤寛朗氏をコーチに迎えた。佐藤氏は内村の1年後輩で小学生の頃、合宿で一緒になったのを機に交友を深めた。

 佐藤氏はオリンピックや世界選手権代表には届かなかったが、選手として活躍を続け、2013年に引退。指導者を志し、オーストラリアに渡った佐藤氏に、内村からコーチの依頼があった。

 すぐには引き受けられなかったが、何度かやりとりし、承諾した。

 内村が佐藤氏を選んだのはなぜだったのか。

 一昨年、印象的な言葉を語っている。

自らをプロデュースできる力あってのこと。

「教えてもらうのは好きじゃなくて、力を引き出してもらう方がいいです」

 数々の舞台を踏み、実績を重ねてきた内村は、調整方法や練習方法なども体得してきたし、自ら考える力も培ってきた。

 そこまで来たとき、必要としたコーチは、信頼が置けて、率直に話し合える相手にほかならなかった。導いてもらうのではなく、相談しながら練習や演技構成も考えていける相手だった。そこには、メンタル面を重視する姿勢もうかがえる。

 瀬戸も内村同様、長いキャリアを重ねる中で、どのように強化をすればよいか、指導を待つだけでなく自身で組み立てる力をつけてきた選手だ。

 リスクはあっても、長年見てもらってきた指導者との関係を解消し、指導者としてのキャリアはまったく異なる人と組むことにした。

 そこには東京五輪が延期となり、モチベーションの点でも新たなチャレンジが必要だという理由もあるが、それを可能にしたのは、自らをプロデュースできる力あってのことだ。

 浦氏と話し合いながら練習を進めていくというが、内村も瀬戸も、そうした点で秀でているからできた選択だったのではないか。

最後のピースは「心おきなく話せる相手」。

 コーチとしてではないが、スピードスケートの小平奈緒が平昌五輪シーズンに中学時代から親友だった元五輪代表の石沢志穂氏をチームのスタッフに迎えたケースも想起される。

「(石沢には)そばでニコニコしていてくれればいいです。最強のサポーターです」

 小平もまた、自ら考え、組み立てられる選手の1人だ。最後のピースとして必要としたのは、心おきなく話せる相手だった。

 ただ指導を受け、引き上げられるだけでなく、自身でものごとを捉え、判断していくところまでたどり着いたとき、求めるのは精神面の充実なのだろう。

 自分に必要な人を見出せるのも、彼らが「個」として立っているからにほかならない。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)